趣味人のブログ

Cogito, ergo sum. 我思う故に我あり.

4 章から 7 章の構成

4 章から 7 章の構成は相当複雑であるため,これを予め以下に整理しておく.上下方向の流れは論理的関係を,横方向からの矢印は制約条件を示す.

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3. 正弦波交流とインピーダンス

本章では,先ず3.1 において正弦波交流の定義を述べる.そして,3.2 以降において,誘導リアクタンス,容量リアクタンス,レジスタンス,及び RLC 直列回路,並列回路における合成インピーダンスを,正弦波交流,及び複素正弦波交流の双方において求め,前者は交流電圧と電流の振幅や実効値の関係を表示しているが,後者は瞬時値の関係を表示している事を示す.尚,正弦波交流に関する部分は全て高校物理で学習した (はずの) 内容である.

3.1. 正弦波交流の定義

時間 t に観測された電圧の瞬時値 V (t) [V] が以下の式で表される電圧の振動を正弦波交流電圧と言う.

(3-1) Vt=Vasinωt+φ

ここで Va [V] は正弦波交流電圧の振幅 (最大値)ω [rad/s] は角周波数,φ [rad] は初期位相,(ωt + φ) [rad] は位相と呼ばれる.

また,正弦波交流電圧の振幅と時間 t における位相の瞬時値を表示した,複素正弦波交流電圧 v (t) [V] を以下の式に示す.

(3-2) vt=Vaejωt+φ=Vaejφejωt

2.2 に述べた通り,この場合の電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下の式で与えられる.

(3-3) Vt=Imvt

同様に,時間 t に観測された電流の瞬時値 I (t) [A] が以下の式で表される電流の振動を正弦波交流電流と言う.ここで Ia [A] は正弦波交流電流の振幅 (最大値) を示す.

(3-4) It=Iasinωt+φ

また,正弦波交流電流の振幅と時間 t における位相の瞬時値を表示した,複素正弦波交流電流 i (t) [A] を以下の式に示す.

(3-5) i t =Iaejωt+φ=Iaejφejωt

この場合の電流の瞬時値 I (t) [A] は以下の式で与えられる.

(3-6) It=Imit

尚,正弦波交流電圧,電流の振幅 (最大値) と実効値 Ve [V], Ie [A] の間には以下の関係がある.

(3-7) Va=2Ve Ia=2Ie

また,正弦波交流の角周波数と周波数 f [Hz],周期 T [s] の間には以下の関係がある.

(3-8) ω=2πf f=1T

3.2. 誘導リアクタンス

インダクタンスが L [H] のコイルに加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] と流れる電流の瞬時値 I (t) [A] の間には以下の関係がある.

(3-9) Vt=LddtIt

正弦波交流における誘導リアクタンス

コイルに流れる電流を,振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.ここではコイルに流れる電流と電圧の位相差を求めるため電流の初期位相を 0 としている.この場合,コイルに流れる電流の瞬時値 I (t) [A] は以下となる.

(3-10) It=Iasinωt

よって,コイルに加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下で与えられる.

(3-11) Vt =LddtIt =LddtIasinωt =ωLIacosωt =ωLIasinωt+π2

従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しく電圧の位相は電流の位相より π / 2 [rad] 進む.ここで,これらの交流電圧と電流の振幅の比 (実効値の比としても同じ) を,正弦波交流における誘導リアクタンス XL [Ω] とする.コイルに加わる交流電圧の振幅を Va [V] とすると XL [Ω] は以下で与えられる.

(3-12) XL=VaIa=ωLIaIa=ωL

Note: 上記の教科書的説明は如何にも苦しい.交流電圧と電流が最大値 (もしくは実効値) となる時間 t は異なるため,これらを時間関数で表示した数式によって説明する事は土台に無理がある.このため,上記の如く捩子くれた様な理論の流れとなるのである.

複素正弦波交流における誘導リアクタンス

コイルに流れる電流を,振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.この場合,コイルに流れる電流の位相の瞬時値と振幅を表示した,電流の複素数表示 i (t) [A] は以下となる.

(3-13) it=Iaejωt

よって,コイルに加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下で与えられる.

(3-14) vt =Lddtit =LddtIaejωt =jωLIaejωt

従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しい.ここで,これらの交流電圧と電流の複素数表示の比を,複素正弦波交流における誘導リアクタンス ZL [Ω] とする.ZL [Ω] は以下で与えられる.

(3-15) ZL=vtit=jωLIaejωtIaejωt=jωL

2.2 に述べた通り,極形式による正弦波の複素数表示において,絶対値は振幅,偏角は位相を示す.よって,上記の複素正弦波交流における誘導リアクタンスの ωL は交流電圧と電流の振幅の比を,また 2.3に述べた通り,j は交流電圧の位相が電流の位相より π / 2 [rad] 進む事を表示している.即ち,上記の誘導リアクタンスは,コイルに加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] と,コイルを流れる電流の複素数表示 i (t) [A] の瞬時値の関係を表示している.

Note: 高校物理で学習した正弦波交流におけるリアクタンスは,交流電圧と電流の振幅や実効値の比を表示するだけで,位相差に関しては言葉によって補われているのみである.従って,複素正弦波交流におけるリアクタンスの方が交流電圧,電流の関係をより正確に表示しているし,その導出過程も理論的となる.

3.3. 容量リアクタンス

キャパシタンスが C [F] のコンデンサに流れる電流の瞬時値 I (t) [A] と加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] の間には以下の関係がある.

(3-16) It=CddtVt

正弦波交流における容量リアクタンス

コンデンサに加わる電圧を,振幅 Va [V],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電圧とする.ここではコンデンサに加わる電圧と電流の位相差を求めるため電圧の初期位相を 0 としている.この場合,コンデンサに加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下となる.

(3-17) Vt=Vasinωt

よって,コンデンサに流れる電流の瞬時値 I (t) [A] は以下で与えられる.

(3-18) It =CddtVt =CddtVasinωt =ωCVacosωt =ωCVasinωt+π2

従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しく電流の位相は電圧の位相より π / 2 [rad] 進む.ここで,これらの交流電圧と電流の振幅の比 (実効値の比としても同じ) を,正弦波交流における容量リアクタンス XC [Ω] とする.コンデンサに流れる交流電流の振幅を Ia [A] とすると XC [Ω] は以下で与えられる.

(3-19) XC=VaIa=VaωCVa=1ωC

複素正弦波交流における容量リアクタンス

コンデンサに加わる電圧を,振幅 Va [V],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電圧とする.この場合,コンデンサに加わる電圧の位相の瞬時値と振幅を表示した,電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下となる.

(3-20) vt=Vaejωt

よって,コンデンサに流れる電流の複素数表示 i (t) [V] は以下で与えられる.

(3-21) it =Cddtvt =CddtVaejωt =jωCVaejωt

従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しい.ここで,これらの交流電圧と電流の複素数表示の比を,複素正弦波交流における容量リアクタンス ZC [Ω] とする.ZC [Ω] は以下で与えられる.

(3-22) ZC=vtit=VaejωtjωCVaejωt=1jωC=-jωC

3.2 と同様に,上記の複素正弦波交流における容量リアクタンスの 1 / (ωC) は交流電圧と電流の振幅の比を,−j は交流電圧の位相が電流の位相より π / 2 [rad] 遅れる事を表示している.即ち,上記の容量リアクタンスは,コンデンサに加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] と,コンデンサを流れる電流の複素数表示 i (t) [A] の瞬時値の関係を表示している.

3.4. レジスタンス

オームの法則は時間に依存しないから,抵抗値が R [Ω] の抵抗に加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] と流れる電流の瞬時値 I (t) [A] の間には以下の関係がある.

(3-23) Vt=RIt

正弦波交流におけるレジスタンス

抵抗に流れる電流を,振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.ここでは抵抗に流れる電流と電圧の位相差を求めるため電流の初期位相を 0 としている.この場合,抵抗に流れる電流の瞬時値 I (t) [A] は以下となる.

(3-24) It=Iasinωt

よって,抵抗に加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下で与えられる.

(3-25) Vt=RIt=RIasinωt

従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しく,また電圧の位相は電流の位相と等しく,電圧と電流の瞬時値の間には直流の場合と同じオームの法則の関係が成立する.

複素正弦波交流におけるレジスタンス

抵抗に流れる電流を,振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.この場合,抵抗に流れる電流の位相の瞬時値と振幅を表示した,電流の複素数表示 i (t) [A] は以下となる.

(3-26) it=Iaejωt

よって,抵抗に加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下で与えられる.

(3-27) vt=Rit=RIaejωt

従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しく,また電圧の位相は電流の位相と等しく,電圧と電流の複素数表示の間にはオームの法則の関係が成立する.

3.5. RLC 直列回路における合成インピーダンス

図3‑1の回路図の通り,抵抗値が R [Ω] の抵抗,インダクタンスが L [H] のコイル,及びキャパシタンスが C [F] のコンデンサを直列に接続した際の合成インピーダンスを求める.

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図3-1: RLC 直列回路.

正弦波交流における合成インピーダンス

キルヒホッフの法則により,上記の回路の抵抗,コイル,コンデンサを流れる電流の瞬時値は等しいから,これを振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.ここでは回路に流れる電流と電圧の位相差を求めるため電流の初期位相を 0 としている.この場合,回路に流れる電流の瞬時値 I (t) [A] は以下となる.

(3-28) It=Iasinωt

抵抗,コイル,コンデンサに加わる交流電圧の瞬時値を各々 VR (t) [V], VL (t) [V], VC (t) [V] とすると,3.2, 3.3, 3.4より,これらは以下で与えられる.

(3-29) VRt=RIasinωt VLt=ωLIasinωt+π2 VCt=1ωCIasinωt-π2

ここで,これらの電圧の角周波数は等しいため,これら交流電圧の回転ベクトルの相対的な位置関係は時間 t に依存しない.従って,時間 t = 0 の静止ベクトル表示における交流電圧ベクトルの位置関係の考察は,他の時間においても同様に適用できる.そこで,交流電圧 VR (t), VL (t), VC (t) の静止ベクトルを各々 VR, VL, VC とすると,1.3よりこれらは以下で与えられる.

(3-30) VR=RIa,0 VL=0,ωLIa VC=0,-1ωCIa

従って,回路に加わる交流電圧の瞬時値V (t) [V] とすると,その静止ベクトル V は以下で与えられる.

(3-31) V=VR+VL+VC=IaR,ωL-1ωC

よって,V (t) [V] の振幅 Va [V],初期位相 φ [rad] は以下の通りとなる.

(3-32) Va=IaR2+ωL-1ωC2 φ=tan-1ωL-1ωCR

従って,回路に加わる交流電圧の位相は電流の位相より φ [rad] 進む.また,回路に加わる交流電圧と電流の振幅の比 (実効値の比としても同じ) を,正弦波交流における合成インピーダンス X [Ω] とすると,X [Ω] は以下で与えられる.

(3-33) X=VaIa=R2+ωL-1ωC2

Note: キルヒホッフの法則に関する「試験問題」が,直流の定常状態の回路に対してのみ出題されるため,多くの者がこの法則が定常状態の直流回路でしか成立しないと誤解している.キルヒホッフの法則は時間に依存しないため,直流,交流の瞬時値,定常状態,過渡状態とは無関係に成立する

複素正弦波交流における複素合成インピーダンス

キルヒホッフの法則により,上記の回路の抵抗,コイル,コンデンサを流れる電流の瞬時値は等しいから,これを振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.この場合,回路に流れる電流の位相の瞬時値と振幅を表示した,電流の複素数表示 i (t) [A] は以下となる.

(3-34) it=Iaejωt

抵抗,コイル,コンデンサに加わる交流電圧の複素数表示を各々 vR (t) [V], vL (t) [V], vC (t) [V] とすると,3.2, 3.3, 3.4より,これらは以下で与えられる.

(3-35) vRt=RIaejωt vLt=jωLIaejωt vCt=-jωCIaejωt

従って,回路に加わる交流電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下で与えられる.

(3-36) vt=vRt+vLt+vCt=R+jωL-1ωCIaejωt

ここで,回路に加わる交流電圧と電流の複素数表示の比を,複素正弦波交流における複素合成インピーダンス Z [Ω] とする.Z [Ω] は以下で与えられる.

(3-37) Z=vtit=R+jωL-1ωCIaejωtIaejωt=R+jωL-1ωC

2.2 に述べた通り,極形式による正弦波の複素数表示において,絶対値は振幅,偏角は位相を示す.よって,上記の複素正弦波交流における複素合成インピーダンス絶対値は交流電圧と電流の振幅の比を,また 2.3に述べた通り,偏角は交流電流の位相を基準とした交流電圧の位相の進みを表す.これらを以下に示す.

(3-38) Z=R2+ωL-1ωC2 ArgZ=tan-1ωL-1ωCR

即ち,上記の合成複素インピーダンスは,回路に加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] と,回路を流れる電流の複素数表示 i (t) [A] の瞬時値の関係を表示している.

Note: 複素合成インピーダンスを,正弦波の複素数表示と混同しない事.インピーダンスは正弦波交流電圧と電流の比であり,正弦波では無い.

3.6. RLC 並列回路における合成インピーダンス

図3‑2 の回路図の通り,抵抗値が R [Ω] の抵抗,インダクタンスが L [H] のコイル,及びキャパシタンスが C [F] のコンデンサを並列に接続した際の合成インピーダンスを求める.

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図3-2: RLC 並列回路.

正弦波交流における合成インピーダンス

キルヒホッフの法則により,上記の回路の抵抗,コイル,コンデンサに加わる電圧の瞬時値は等しいから,これを振幅 Va [V],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電圧とする.ここでは回路に加わる電圧と電流の位相差を求めるため電圧の初期位相を 0 としている.この場合,回路に加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下となる.

(3-39) Vt=Vasinωt

抵抗,コイル,コンデンサに流れる交流電流の瞬時値を各々 IR (t) [A], IL (t) [A], IC (t) [A] とすると,3.2, 3.3, 3.4より,これらは以下で与えられる.

(3-40) IRt=1RVasinωt ILt=1ωLVasinωt-π2 ICt=ωCVasinωt+π2

ここで,これらの電流の角周波数は等しいため,これら交流電流の回転ベクトルの相対的な位置関係は時間 t に依存しない.従って,時間 t = 0 の静止ベクトル表示における交流電流ベクトルの位置関係の考察は,他の時間においても同様に適用できる.そこで,交流電流 IR (t), IL (t), IC (t) の静止ベクトルを各々 IR, IL, IC とすると,1.3よりこれらは以下で与えられる.

(3-41) IR=1RVa,0 IL=0,-1ωLVa IC=0,ωCVa

従って,回路に流れる交流電流の瞬時値I (t) [A] とすると,その静止ベクトル I は以下で与えられる.

(3-42) I=IR+IL+IC=Va1R,ωC-1ωL

よって,I (t) [A] の振幅 Ia [V],初期位相 φ [rad] は以下の通りとなる.

(3-43) Ia=Va1R2+ωC-1ωL2 φ=tan-1RωC-1ωL

従って,回路に流れる交流電流の位相は電圧の位相より φ [rad] 進む.また,回路に加わる交流電圧と電流の振幅の比 (実効値の比としても同じ) を,正弦波交流における合成インピーダンス X [Ω] とすると,X [Ω] は以下で与えられる.

(3-44) X=VaIa=11R2+ωC-1ωL2

複素正弦波交流における複素合成インピーダンス

キルヒホッフの法則により,上記の回路の抵抗,コイル,コンデンサに加わる電圧の瞬時値は等しいから,これを振幅 Va [V],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電圧とする.この場合,回路に加わる電圧の位相の瞬時値と振幅を表示した,電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下となる.

(3-45) vt=Vaejωt

抵抗,コイル,コンデンサを流れる交流電流の複素数表示を各々 iR (t) [A], iL (t) [A], iC (t) [A] とすると,3.2, 3.3, 3.4より,これらは以下で与えられる.

(3-46) iRt=1RVaejωt iLt=-jωLVaejωt iCt=jωCVaejωt

従って,回路を流れる交流電流の複素数表示 i (t) [V] は以下で与えられる.

(3-47) it=iRt+iLt+iCt=1R+jωC-1ωLVaejωt

ここで,回路に加わる交流電圧と電流の複素数表示の比を,複素正弦波交流における複素合成インピーダンス Z [Ω] とする.Z [Ω] は以下で与えられる.

(3-48) Z=vtit=Vaejωt1R+jωC-1ωLVaejωt=11R+jωC-1ωL

2.2 に述べた通り,極形式による正弦波の複素数表示において,絶対値は振幅,偏角は位相を示す.よって,上記の複素正弦波交流における複素合成インピーダンス絶対値は交流電圧と電流の振幅の比を,また 2.3に述べた通り,偏角は交流電流の位相を基準とした交流電圧の位相の進みを表す.これらを以下に示す.

(3-49) Z=11R2+ωC-1ωL2 ArgZ=tan-1RωC-1ωL

即ち,上記の合成複素インピーダンスは,回路に加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] と,回路を流れる電流の複素数表示 i (t) [A] の瞬時値の関係を表示している.

余談: 交流のフェーザ表示

本資料では,多くの教科書に記載されている,交流のフェーザ表示によるリアクタンスやインピーダンスの記述方法を意図的に無視している.ここまでの議論,特に式 (3‑15), (3‑22), (3‑37), (3‑48) において交流電圧と電流の角周波数は等しく,これらの比を取った際に e jωt が約分され,最終的にはこれが必要無くなる事を十分理解した上で,計算を簡略化する技法として交流のフェーザ表示を利用するのであれば問題ない.

しかし,多くの教科書では,こうした予備知識を説明せず,いきなりフェーザ表示によるリアクタンスやインピーダンスの計算方法を天下り式に提示するため,フェーザ表示では交流の実効値が使用されるのが慣例である事もあり,これが何と何の関係を表示しているのかすら理解出来なくなるのである.電気回路に係る設計では交流の実効値を求めれば良く,瞬時値まで議論する必要は無い場合も多いが,それなら静止ベクトルで計算すれば十分であり,わざわざ複素数表示を使用する必要性は無い.

2. 正弦波の複素数表示

本章では,先ず 2.1 において複素数極形式と複素指数関数を復習する.次に 2.2 において正弦波のベクトル表示と複素数表示が等価である事を示す.そして 2.3 以降において,極形式による正弦波の複素数表示の利点として,正弦波に対する種々の計算が容易になる事を述べる.

尚,本資料では虚数単位を j とする.また,複素数 α = A + jB の実部,虚部,絶対値,偏角,共役複素数を示す関数を以下の通り定義する.

(2-1) Reα=A Imα=B α=A2+B2 Argα=tan-1BA α=A-jB

2.1. 複素数極形式と複素指数関数

高校数学で学習した通り,絶対値が r 偏角θ となる複素数 α は以下の極形式 (極表示,極形式表示とも呼ばれる) で表示する事が出来る.

(2-2) α=rcosθ+jsinθ

オイラーの公式 e = cos θ + j sin θ により,上記の式は以下の複素指数関数で表示する事ができる.これも複素数極形式と呼ばれる.

(2-3) α=rcosθ+jsinθ=rejθ

これらの関係を以下の複素数平面に示す.

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図2-1: 複素数極形式表示.

複素指数関数による,複素数極形式表示の利点は,複素数の積を容易に計算できる点にある.複素指数関数では,実数の指数関数と同様の指数法則 e a+b = e a e b が成立する.このため,絶対値が r1 偏角θ1,及び絶対値が r2 偏角θ2 となる複素数の積は以下の様に容易に求める事ができる.

(2-4) r1ejθ1r2ejθ2=r1r2ejθ1+θ2

即ち,複素指数関数で表示された複素数の積の絶対値および偏角は,各々複素指数関数の絶対値の積および偏角の和となる.尚,実数の指数関数と異なり,複素指数関数は周期 2π の周期関数となる.

Note: ベクトルの和や差と複素数の和や差には対応関係があるが,ベクトルの内積外積複素数の積は異なる概念である.

2.2. 極形式による正弦波の複素数表示

次に,正弦波のベクトル表示は複素数表示と等価となる事を示す.1.1に述べた通り,振幅が A,角周波数が ω,初期位相が φ,位相が (ωt + φ) となる正弦波は,以下の成分の回転ベクトルで表示する事ができる.

(2-5) Pt=Acosωt+φ,Asinωt+φ

1 章に述べた正弦波のベクトル表示の説明では,ベクトルに対する操作は分解,合成のみが用いられている.ここで,ベクトルの和や差は,ベクトルの各成分の和や差となり,複素数の和や差は,複素数の実部と虚部同志の和や差となる.従って,図1-2 に示した直交座標における正弦波の回転ベクトル表示を,下図の様に複素数平面に表示しても,1章と同様の説明が成立する事は明らかである.

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図2-2: 正弦波の複素数表示.

振幅が A,角周波数が ω,初期位相が φ,位相が (ωt + φ) となる正弦波複素数表示 z (t) を以下に示す.

(2-6) zt=Acosωt+φ+jAsinωt+φ

正弦波の回転ベクトル表示と同様に,z (t) は,振幅 A を絶対値,位相 (ωt + φ) を偏角とする極形式複素数を,複素数平面に表示したものである.ここで,虚数単位 j は 2 次元の座標を一つの複素数として表示するために便宜的に用いられているだけであり,理論上,想像上の数である虚数によって計測される物理的現象が存在する事を示している訳では無い.上記は正弦波の回転ベクトル表示と等価であり,振幅が A,位相が (ωt + φ) の正弦波という物理的現象を表示したものである

オイラーの公式 e = cos θ + j sin θ より,振幅がA,角周波数が ω,初期位相が φ,位相が (ωt + φ) となる正弦波複素数表示は,以下の複素指数関数による極形式表示で表す事ができる.

(2-7) zt=Acosωt+φ+jAsinωt+φ=Aejωt+φ

即ち,極形式表示の絶対値が振幅を,偏角が位相を示す.指数法則により,上記の複素指数関数による極形式は,下記の通り分解できる.

(2-8) zt=Aejωt+φ=Aejφejωt

また,正弦波の変位 y (t) は以下で与えられる.

(2-9) yt =Imzt =ImAejωt+φ =ImAcosωt+φ+jAsinωt+φ =Asinωt+φ

ここで,時間 t = 0 の際の極形式による正弦波の複素数表示を以下に示す.

(2-10) z0=Aejφ=Acosφ+jAsinφ

正弦波の静止ベクトル表示と同様に,z (0) は,振幅 A を絶対値,初期位相 φ 偏角とする極形式複素数を,複素数平面に表示したものである

Note: 上記の振幅を交流の実効値に置き換えると,電気工学における交流のフェーザ表示となる.

以上の極形式による正弦波の複素数表示を図2‑3に示す.2.1 に述べた通り,複素数の積の偏角は,偏角の和となるから,z (t) は,下の図に示す様に,z (0) = A e ωt だけ回転したものと見做す事が出来る.

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図2-3: 極形式による正弦波の複素数表示.

Note: 極形式による正弦波の複素数表示において,振幅,初期位相を表示する A e は単なる係数であるから,議論を簡略化するため,振幅が 1,角周波数が ω,初期位相が 0 となる正弦波 e jωt のみを議論する場合がある.e jωt は複素正弦波と呼ばれる.

2.3. 正弦波の位相の進み遅れ

極形式による正弦波の複素数表示によって,以下に示す通り,正弦波の位相の進みや遅れを簡易に表示する事が出来る.何れも基準となる正弦波は e jωt とする.

θ の位相進み

2.1 に述べた通り,複素数の積の偏角は,偏角の和となるから,θ の位相進みは e jωt に対して e を乗ずる事で得られる.

(2-11) ejωt+θ=ejθejωt

特に,以下に示す通り π / 2 の位相進みは j,逆相は − 1,π / 2 の位相遅れは − j を乗ずる事で得られる.

π / 2の位相進み

(2-12) ejωt+π2=ejωtejπ2=ejωtcosπ2+jsinπ2=jejωt

逆相 (π の位相進み)

(2-13) ejωt+π=ejωtejπ=ejωtcosπ+jsinπ=-ejωt

π / 2の位相遅れ

(2-14) ejωt-π2=ejωtej-π2=ejωtcos-π2+jsin-π2=-jejωt

以上の関係を下の図に示す.

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図2-4: 極形式による正弦波の位相の進み,遅れ.

2.4. 正弦波の時間微分積分

極形式による正弦波の複素数表示によって,正弦波の時間微分積分を簡易に計算する事が出来る.

振幅によって表示された正弦波の時間微分積分

先ず,振幅によって表示された下記の正弦波の時間微分積分を考える.

(2-15) yt=Asinωt+φ

上記の正弦波の時間微分を以下に示す.以下の式において θ = ωt + φ である.

(2-16) ddtAsinωt+φ =Addtθddθsinθ =ωAcosθ =ωAsinωt+φ+π2

上から明らかな通り,正弦波を時間微分すると正弦波となり,角周波数は変化せず,振幅は ω 倍,かつ位相は π / 2 進む.次に上記の正弦波の時間積分を以下に示す.以下の式において θ = ωt + φ である.

(2-17) Asinωt+φdt =Asinθdtdθdθ =Aωsinθdθ =-Aωcosθ+C =Aωsinωt+φ-π2+C

ここで C積分定数である.上記から明らかな通り,積分定数が無視できる場合,正弦波を時間積分すると正弦波となり,角周波数は変化せず,振幅は1 / ω 倍,かつ位相は π / 2 遅れる

複素数表示による正弦波の時間微分積分

次に,上記と等価な複素数表示による下記の正弦波の時間微分積分を考える.

(2-18) zt=Aejωt+φ

上記の正弦波の時間微分を以下に示す.

(2-19) ddtAejωt+φ =Aejφddtejωt =jωAejφejωt =jωAejωt+φ

前に述べた通り,jπ / 2 の位相進みを表すから,正弦波を時間微分すると正弦波となり,角周波数は変化せず,振幅は ω 倍,かつ位相は π / 2進み,三角関数による時間微分と一致する.即ち,正弦波の複素数表示では,時間微分を乗ずる事で得られる.次に上記の正弦波の時間積分を以下に示す.

(2-20) Aejωt+φdt =Aejφejωtdt =Ajωejφejωt+C =-jAωejωt+φ+C

ここで C積分定数である.前に述べた通り − jπ / 2 の位相遅れを表すから,積分定数が無視できる場合,正弦波を時間積分すると正弦波となり,角周波数は変化せず,振幅は 1 / ω 倍,かつ位相は π / 2 遅れ,三角関数による時間積分と一致する.即ち,正弦波の複素数表示では,時間積分は,積分定数が無視できる場合は,− j / ω を乗ずる事で得られる.

2.5. 角周波数が等しい正弦波の合成

極形式による正弦波の複素数表示による,角周波数が等しい正弦波の合成 (一次結合,線形結合) を示す.以下の通り 1.3 と同じ正弦波の合成を考える.

(2-21) z1t=A1ejωt+φ1 z2t=A2ejωt+φ2

上記の正弦波の合成を以下に示す.

(2-22) z1t+z2t =A1ejωt+φ1+A2ejωt+φ2 =A1ejφ1ejωt+A2ejφ2ejωt =A1ejφ1+A2ejφ2ejωt =A1cosφ1+A2cosφ2+jA1sinφ1+A2sinφ2ejωt

ここで,e jωt は振幅が 1,角周波数が ω,初期位相が 0 となる複素正弦波を表示している.またこれの係数は振幅と初期位相を表示し,式 (1‑16) おける合成された正弦波の静止ベクトル表示と等価となる.よって,合成した正弦波の角周波数は ω となり,1.3と同様に振幅 A,初期位相 φ は以下の式で与えられる.

(2-23) A=A12+A22+2A1A2cosφ1-φ2 (2-24) φ=tan-1A1sinφ1+A2sinφ2A1cosφ1+A2cosφ2

2.6. 正弦波の複素数表示の適用範囲

以上,極形式による正弦波の複素数表示によって,位相の進みや遅れ,時間微分積分,角周波数が等しい正弦波の合成を容易に計算,表示出来る事を示した.しかし,うまい話には必ず裏がある.実この表示方法の適用範囲は,計算によって正弦波の角周波数が変化しない場合に限定される.振幅と初期位相は変化しても構わない.本資料に述べた位相の進みや遅れ,時間微分積分,角周波数が等しい正弦波の合成では正弦波の角周波数はいずれも変化しない.

一方,この表示方法は,計算結果が,正弦波以外の波形となる場合や,角周波数が異なる正弦波となる場合には適用出来ない.この例として正弦波の積がある.正弦波同士の積は正弦波にはならない (角周波数が元の正弦波の角周波数の和と差になる2つの正弦波の重ね合わせとなる) ため下記の様な用法は誤りとなる.

(2-25) A1ejω1t+φ1A2ejω2t+φ2=A1A2ejφ1+φ2ejω1+ω2t

Note: 2.3 に述べた位相の進み遅れにおける定数係数の複素数の積と上記を混同しない事.時間関数となる正弦波同士の積に適用できないのである.

この表示方法が適用できる対象は,具体的には,入出力の関係が定数係数線形常微分方程式で記述されるシステムとなる.これの詳細に関しては 4章以降において詳しく述べる.尚,次の 3 章の内容は全てこの条件を満足しているため,この点を気にする必要は無い.

参考: 複素指数関数による正弦波の記述

本章に示した極形式による正弦波の複素数表示と異なる正弦波の記述方法として,複素指数関数による正弦波の記述がある.オイラーの公式 e = cos θ + j sin θ により,cos θ 及び sin θ は以下の様に複素指数関数で表示する事ができる.

(2-26) cosθ=ejθ+e-jθ2 sinθ=ejθ-e-jθj2=-jejθ-e-jθ2

従って,時間 t に観測された変位が y (t),振幅が A,角周波数が ω,初期位相が φ,位相が (ωt + φ) となる正弦波は,以下の様に複素指数関数で表示する事ができる.

(2-27) yt =Asinωt+φ =Acosφsinωt+Asinφcosωt =Aejφ+e-jφ2ejωt-e-jωtj2+Aejφ-e-jφj2ejωt+e-jωt2 =Aejφejωt-e-jφe-jωtj2 =Aejωt+φ-e-jωt+φj2

上記は正弦波の複素数表示 A e j (ωt + φ) と,これと共役な複素数 A e −j (ωt + φ) に基づいた正弦波の記述と考える事もできる.この場合,後者の共役複素数は,下図に示す様に,時間 t の経過と共に時計回りに角周波数 ω で回転する理論上,想像上の正弦波となり,負の周波数と呼ばれる.

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図2-5: 負の周波数.

正弦波の極形式による複素指数表示と,上記に示した複素指数関数による正弦波の記述は,各々複素数平面と直交座標における正弦波の記述方法であるため,これらを混在させない事をお勧めする.正弦波を複素指数表示で記述したにも係わらず,正弦波の変位を複素指数関数による正弦波で記述している例が散見されるが,この場合は変位に負の周波数 A e −j (ωt + φ) が出現する事の説明が付かなくなる.

本資料で何回も述べている通り,正弦波の極形式による複素指数表示とは,数式の表現上では複素指数関数というあたかも一つの数値であるかの様に表示しているだけで,それの実態は正弦波のベクトル表示と論理的に等価な,実部と虚部からなる只の複素数であり,その虚部は変位を示すのであるから,それを変位とすれば良いのである.

1. 正弦波のベクトル表示

本章では,先ず1.1において,正弦波のベクトル表示の定義を述べる.次に1.2 において,正弦波は,これと角周波数が等しい正弦波に分解でき,これら正弦波のベクトル表示の間には,ベクトルの分解や合成の関係が成立する事を示す.そして 1.3 において,角周波数が等しい正弦波の合成は,これらの正弦波のベクトル表示から容易に求められる事を示す.

1.1. 正弦波のベクトル表示の定義

固定された観測点において,時間 t に観測された変位 y (t) が以下の式で表される振動を正弦波と言う.

(1-1) yt=Asinωt+φ

ここで A は振幅 (変位の最大値),ω は角周波数 (角振動数,円振動数とも呼ばれる),φ は初期位相,(ωt + φ) は位相と呼ばれる.正弦波の時間変化を図1‑1 に示す.

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図1-1: 正弦波の時間変化.

Note: 分野や文献によっては,正弦波を x (t) = A cos (ωt + φ) と定義する場合もある.

Note: 分野や文献 (特に通信工学) によっては,式 (1‑1)φ を位相と呼ぶ場合がある.文献を読む際に,位相の定義を確認,若しくは文脈から読み取る必要がある.

直交座標における正弦波の変位 y (t),振幅 A,位相 (ωt + φ) の関係を,以下の図に示す.ここで,偏角 (ωt + φ) の動径と,原点 O を中心とする半径 A の円の交点を P (t) とする.P (t) は時間 t の経過と共に反時計回りに角周波数 ω で回転する.

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図1-2: 正弦波の変位,振幅,位相の関係 (回転ベクトル).

P (t) の座標を成分の組とするベクトルは,正弦波の回転ベクトルと呼ばれ,以下の式で与えられる.

(1-2) Pt=Acosωt+φ,Asinωt+φ

図から明らかな通り,P (t) は,振幅 A を絶対値,位相 (ωt + φ) を偏角とする極座標を,直交座標に変換したものである

また,時間 t = 0 の際の変位,振幅,位相の関係を図1‑3に示す.P (0) は正弦波の静止ベクトルと呼ばれ,以下の式で与えられる.

(1-3) P0=Acosφ,Asinφ

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図1-3: 時間 t = 0 における正弦波の変位,振幅,位相の関係 (静止ベクトル).

図から明らかな通り,P (0) の座標は,振幅 A を絶対値,初期位相 φ 偏角とする極座標を,直交座標に変換したものである

Note: 上記の振幅を交流の実効値に置き換えると,電気工学における静止ベクトル表示となる.

1.2. 正弦波の分解とベクトル表示の関係

次に,正弦波は,これと角周波数が等しい正弦波に分解でき,これら正弦波のベクトル表示の間には,ベクトルの分解や合成の関係が成立する事を示す.高校数学で学習した三角関数の加法定理により,式 (1‑1) に示した正弦波は,以下の通り位相が直交する (位相差がπ / 2 となる) 正弦波に分解できる

(1-4) yt = Asinωt+φ = Acosφsinωt+Asinφcosωt = Acosφsinωt+Asinφsinωt+π2

式 (1‑4) から明らかな様に,分解された正弦波の角周波数は元の正弦波の角周波数と等しい.また振幅が |A cos φ|,初期位相が 0 の正弦波と,振幅が |A sin φ|,初期位相が π / 2 の正弦波に分解できる.当然,逆の関係も成立し,これらの正弦波から元の正弦波を合成できる.即ち,角周波数が等しく,位相が直交する正弦波に適切な振幅を与えれば,これらと角周波数が等しく,任意の振幅と初期位相の正弦波を合成できる.

Note: 余弦波という用語は一般には用いられていないため,初期位相が 0 の余弦関数で表示される正弦波を,初期位相が π / 2 の正弦波と記す.

ここで,元の正弦波の回転ベクトルを P (t),分解された正弦波の回転ベクトルを各々 Pr(t), Pb(t)とし,これらの成分を以下に示す.また,これらの回転ベクトルの関係を図1‑4に示す.

(1-5) Pt =Acosωt+φ,Asinωt+φ =Acosφcosωt-Asinφsinωt,Acosφsinωt+Asinφcosωt (1-6) Prt=Acosφcosωt,Acosφsinωt (1-7) Pbt =Asinφcosωt+π2,Asinφsinωt+π2 =-Asinφsinωt,Asinφcosωt

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図1-4: 正弦波の分解 (回転ベクトル表示).

上記か明らかな通り,これら正弦波の回転ベクトルの間には以下の関係が成立する.

(1-8) Pt=Prt+Pbt

即ち,正弦波は,これと角周波数が等しく,かつ位相が直交する正弦波に分解でき,その逆の関係も成立する.また,元の正弦波と分解された正弦波の回転ベクトルの間には,ベクトルの分解や合成の関係が成立する

次に,時間 t = 0 の際のこれらの正弦波の静止ベクトルの成分を以下に示す.また,これらの静止ベクトルの関係を図1‑5に示す.

(1-9) P0=Acosφ,Asinφ (1-10) Pr0=Acosφ,0 (1-11) Pb0=0,Asinφ

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図1-5: 正弦波の分解 (静止ベクトル表示).

図から明らかな通り,静止ベクトル表示では,分解された正弦波の静止ベクトルは,単純に元の静止ベクトルを直交座標の各座標軸上へ正射影したベクトルとなる.即ち,元の静止ベクトルの各成分の絶対値は,分解された正弦波の振幅を示す.

1.3. 角周波数が等しい正弦波の合成

最後に,角周波数が等しい正弦波の合成 (一次結合,線形結合) は,これらの正弦波のベクトル表示から容易に求められる事を示す.ここで,以下の正弦波の合成を考える.

(1-12) y1t=A1sinωt+φ1 y2t=A2sinωt+φ2

三角関数による合成

先ずベクトル表示を使用せず,三角関数によって正弦波を合成する.式 (1‑13) から明らかな通り,角周波数が等しい正弦波の合成は,これらと同じ角周波数の正弦波となる.

(1-13) y1t+y2t =A1sinωt+φ1+A2sinωt+φ2 =A1cosφ1sinωt+A1sinφ1cosωt+A2cosφ2sinωt+A2sinφ2cosωt =A1cosφ1+A2cosφ2sinωt+A1sinφ1+A2sinφ2cosωt =A1cosφ1+A2cosφ22+A1sinφ1+A2sinφ22sinωt+tan-1A1sinφ1+A2sinφ2A1cosφ1+A2cosφ2 =A12+A22+2A1A2cosφ1cosφ2+sinφ1sinφ2sinωt+tan-1A1sinφ1+A2sinφ2A1cosφ1+A2cosφ2 =A12+A22+2A1A2cosφ1-φ2sinωt+tan-1A1sinφ1+A2sinφ2A1cosφ1+A2cosφ2

上記の式は煩雑であるが,最初に個々の正弦波を加法定理によって分解し,次に sin (ωt), cos (ωt) の項に整理してから,高校数学で学習した下記の三角関数の合成定理を適用している展開を理解する事が重要である.

(1-14) asinθ+bcosθ=a2+b2sinθ+tan-1ba

Note: 上記は,角周波数が等しい正弦波から,これらと角周波数が異なる正弦波を合成出来ない事も示している.

静止ベクトルによる合成

上から明らか通り,角周波数が等しい正弦波の合成は,これと同じ角周波数の正弦波となるため,これらの回転ベクトルの相対的な位置関係は時間 t に依存しない.従って,時間 t = 0 の静止ベクトル表示におけるベクトルの位置関係の考察は,他の時間においても同様に適用できる.そこで,正弦波 y1 (t), y2 (t) の静止ベクトルを各々 P1, P2 とすると,これらは以下で与えられる.

(1-15) P1=A1cosφ1,A1sinφ1 P2=A2cosφ2,A2sinφ2

1.2 に述べた通り,正弦波 y1 (t) は角周波数が ω,初期位相が 0,振幅が |A1 cos φ1| となる正弦波と,角周波数が ω,初期位相が π / 2,振幅が |A1 sin φ1| となる正弦波に分解できる.正弦波 y2 (t) も同様である.上記の静止ベクトルの成分の絶対値は,これらの振幅を示している.

ここで,正弦波 y1 (t), y2 (t) から分解された,角周波数が ω,初期位相が 0 となる正弦波同士を合成すると,角周波数,初期位相は元の正弦波に等しく,振幅が単純に |A1 cos φ1 + A2 cos φ2| となる正弦波となる事は明らかである.初期位相が π / 2となる正弦波の合成の場合も同様に振幅が |A1 sin φ1+ A2 sin φ2| となる正弦波となる.

よって,正弦波 y1 (t), y2 (t) を合成した正弦波の静止ベクトルは,以下で与えられる

(1-16) P1+P2=A1cosφ1+A2cosφ2,A1sinφ1+A2sinφ2

以上の,静止ベクトルによる合成前の正弦波と合成された正弦波の関係を図1-6に示す.赤線と青線は合成前の正弦波,黒線は合成された正弦波の静止ベクトルを表す.

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図1-6: 静止ベクトルによる正弦波の合成.

従って,正弦波 y1 (t), y2 (t) を合成した正弦波の角周波数は ω となる.また,1.1 に述べた通り,静止ベクトルとは振幅を絶対値,初期位相を偏角とする極座標を,直交座標で表示したものであるから,振幅 A,初期位相 φ は以下の式で与えられる.

(1-17) A =A1cosφ1+A2cosφ22+A1sinφ1+A2sinφ22 =A12+A22+2A1A2cosφ1cosφ2+sinφ1sinφ2 =A12+A22+2A1A2cosφ1-φ2 (1-18) φ=tan-1A1sinφ1+A2sinφ2A1cosφ1+A2cosφ2

これらの結果は三角関数による合成と一致する.以上より,角周波数が等しい正弦波の合成は,これらの静止ベクトル表示から容易に求める事が出来る.尚,この計算方法の適用範囲はあくまで角周波数が等しい正弦波の合成であり,角周波数が異なる場合に適用できない事は勿論である