参考: フーリエ変換と単位インパルス関数
8.2 に示したフーリエ変換の定義では,ごく基本的な関数でもフーリエ変換が収束しない場合がある.例えば f (t) = 1 や周期関数の f (t) の変換が収束しない事は,定義式 (8‑19) から自明である.しかし,5.2に示した単位インパルス関数 (デルタ関数) によって,これらの関数のフーリエ変換を形式的に表示する事が出来る.
単位インパルス関数のフーリエ変換
式 (5‑5) に示した単位インパルス関数 δ (t) の定義より,これのフーリエ変換は以下で与えられる.
上記は,時間関数の単位インパルス関数が,定数の周波数関数,即ち振幅が等しく周波数成分が ∞ までとなる正弦波と直流成分の重ね合わせによって表せる事を示している.上記のフーリエ逆変換は以下で与えられる.
ここで,上記の式の変数を入れ替えると,以下の通り変形できる.
式 (8-27), (8-28) の積分は収束しないが,単位インパルス関数はこれらの式によって形式的に表示する事ができる.これらの怪しさ爆発する式は,単位インパルス関数の積分表示と呼ばれる.
直流成分のフーリエ変換
単位インパルス関数の積分表示より f (t) = A のフーリエ変換は以下で表示する事ができる.
上記のフーリエ逆変換を以下に示す.
上記は,定数の時間関数,即ち直流成分が,周波数関数の単位インパルス関数によって表せる事を示している.これは前に述べた,時間関数の単位インパルス関数が,定数の周波数関数によって表せる事と対称的な関係を示している.
正弦関数,余弦関数のフーリエ変換
単位インパルス関数の積分表示より,f (t) = A sin (ω0t) のフーリエ変換は以下で表示する事ができる.
上記のフーリエ逆変換を以下に示す.
同様に,単位インパルス関数の積分表示より,f (t) = A cos (ω0t) のフーリエ変換は以下で表示する事ができる.
ここで,上記の F (ω0) は以下で与えられる.
上記及び,直流成分,正弦関数,余弦関数のフーリエ変換を表示した式 (8-29), (8-31), (8-33) からも明らかな通り,これらのフーリエ変換には単位インパルス関数が現れる.従って,8.2 に述べた方法では,これらのフーリエ変換から正弦波の振幅や初期位相,直流成分を求める事はできない.勿論,ご都合主義的に,これらの式の単位インパルス関数を無視する事も可能であるが,フーリエ変換の結果に単位インパルス関数を含む項と含まない項が混在した場合の解釈が困難となる.
また,これらの結果に対してパーセバルの定理は成立しないとされている.そもそも,理論上,想像上の関数である単位インパルス関数のエネルギーを論じる事の意味を見い出す事は困難である.結局,単位インパルス関数は理論上,想像上の関数であるため,これが時間関数として現れても,周波数関数として現れても,その意味を正確に議論する事は容易ではない.従って,単位インパルス関数によって,直流成分や周期関数のフーリエ変換が「形式的に表示できるだけ」と考えた方が現実的である.
では,何故この様な無用と思われる議論を述べているかと言うと,9.2 に述べるサンプル値の表現にはこの表示方法が使われている点と,以下の様な議論が可能となる点にある.
単位ステップ関数のフーリエ変換
以下で定義される単位ステップ関数 u (t) のフーリエ変換を求める.
式 (5-8) に示した通り,単位インパルス関数は単位ステップ関数の微分であるから,表8-1 に示したフーリエ変換の微分の定理により,単位ステップ関数のフーリエ変換は以下で表示する事ができる.
以上が,教科書的な単位ステップ関数のフーリエ変換の説明であるが,残念な事に単位ステップ関数は不連続な関数であるから,上記をフーリエ逆変換すると不連続点の u (0) は近似となり,単位ステップ関数に厳密には収束しない.前に述べたフーリエ逆変換の収束の規則から,上記をフーリエ逆変換した関数 uc (t) を以下に示す.
次に,改めて上記の関数 uc (t) のフーリエ変換を求める.これには以下の符号関数 sgn (t) を用いる.
符号関数 sgn (t) のフーリエ変換は以下の通りとなる事が既知である.(以下の導出は工学の範囲を超えるため割愛する).
ここで,関数 uc (t) と符号関数 sgn (t) には以下の関係がある.
よって,フーリエ変換の線形性の定理と,前に述べた f (t) = a のフーリエ変換から,関数 uc (t) のフーリエ変換は以下で表示する事ができる.
上記の πδ (ω) は 1 / 2 の直流成分を表す.従って,式 (8‑36) に示した,単位ステップ関数 u (t) のフーリエ変換には,単位ステップ関数の直流成分が正確に表示されていない事が判る.
余談: ラプラス変換 = フーリエ変換説
一部の教科書に,ラプラス変換において s = jω とすればフーリエ変換となるとの説が見受けられる.おおむね,この説はラプラス変換の積分範囲を −∞ から ∞ とした両側ラプラス変換に基づいている.ラプラス変換の原関数 f (t) の両側ラプラス変換 F (s) の定義を以下に示す.式 (5‑1) に定義したラプラス変換と下記を区別するために,ここでは前者を片側ラプラス変換と呼ぶ.
この説では,上記の両側ラプラス変換において s = jω とすればフーリエ変換の定義式となり,かつ原関数を f (t) = 0, (t < 0) とすれば片側ラプラス変換の定義式と等価となるから,片側ラプラス変換において s = jω とすればフーリエ変換となるとしている.(尚,ここまで丁寧に書かれていない説明が殆どである).
片側ラプラス変換と両側ラプラス変換の定義は似ているため,表5‑1や表5‑2に示した片側ラプラス変換の公式や定理の殆どは両側ラプラス変換においても成立するが,残念ながら成立しない場合もある.定理が異なる例として片側ラプラス変換における微分の定理を以下に示す.
これらから明らかな通り,片側ラプラス変換と異なり,両側ラプラス変換やフーリエ変換における微分の定理には − f (+0) の項が無いため,原関数を f (t) = 0, (t < 0) とする制約は,f (t) の片側ラプラス変換と両側ラプラス変換が等価となる条件としては不十分であり,これに加えて少なくとも f (0) = 0 とする制約が必要となる.即ち,両側ラプラス変換は,片側ラプラス変換と似てはいるが,これを包含するものでは無い.
5.3に述べた通り,片側ラプラス変換によって定数係数線形常微分方程式の初期値問題における特殊解を求める事ができる.この場合,原関数 f (t) の定義域は t ≥ 0 となる制約があるが,任意の初期条件を与える事ができる.一方,4.4に述べた未定係数法と同様に,フーリエ変換によって定数係数線形常微分方程式の非同次方程式の特殊解 (定常解) yp (t) を求める事ができる (これは実質的に未定係数法と同じ解法であり,わざわざフーリエ変換によって解く意味は無いため詳細は割愛する).この場合,未定係数法と同様に,原関数 f (t) の定義域に制約は無く解は初期条件に依存しない.
従って,片側ラプラス変換やフーリエ変換を定数係数線形常微分方程式の解法とした場合,これらは異なる制約条件における異なる問題の解法となるため,単に原関数を f (t) = 0, (t < 0) とし s = jω とすればこれらは等価という説明は著しく正確性を欠く.
多分この説の出処は,伝達関数において s = jω とすれば周波数伝達関数となる事を,ラプラス変換とフーリエ変換の関係として説明したい点にあると推測するが,伝達関数は初期条件が全て 0,即ち f (0) = f ' (0) = ... = 0 を前提としており,この場合は片側ラプラス変換と両側ラプラス変換,即ちフーリエ変換は等価となるため,伝達関数において s = jω とすれば周波数伝達関数となるのである