7. 過渡現象 (続き)
- 7.5. 2 次遅れ要素の正弦波応答
- 7.6. 1 次遅れ要素の零入力応答
- 7.7. 2 次遅れ要素の零入力応答
- 7.8. 1 次遅れ要素のインディシャル応答 (初期条件がある場合)
- 参考: 過渡現象のまとめ
7.5. 2 次遅れ要素の正弦波応答
以下の伝達関数で表される 2 次遅れ要素の正弦波応答を示す.ここで,ω0 は無減衰固有角周波数,ζ は減衰比とする.
入力及び出力の原関数を各々 x (t), y (t),これらの像関数を各々 X (s), Y (s) とし,入力を振幅 1 初期位相 0 の正弦波 x (t) = sin (ωt), (t ≥ 0), X (s) = ω / (s2 + ω2) とすると,出力 y (t) のラプラス変換 Y (s) は以下で与えられる.
議論を簡略化するために,以下 ζ < 1 の場合の解のみを求める.この場合,Y (s) の極は全て複素数となるから,Y (s) は以下の部分分数に展開される.
留数定理より k1, k2 は以下で与えられる.
また,係数比較により k3, k4 は以下で与えられる (式の展開は省略).
ここで式 (7-37) の右辺第 2 項を式 (5-22) の形式に展開する.
式 (5‑23) より σ, ω1, K1, K2 は以下で与えられる.
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換,及び式 (1‑14) に示した三角関数の合成定理から,出力 y (t), (t ≥ 0) は以下で与えられる (式の展開は省略).
y (t) の右辺第 1 項は,角周波数が無減衰固有角周波数 ω0 と減衰比 ζ に起因し,かつ t → ∞ で 0 に収束する指数的減衰振動を,右辺第 2 項は角周波数が ω となる入力に起因する定常的な正弦波振動を示している.入力は振幅 1 初期位相 0 の正弦波であるから,右辺第 2 項の正弦波振動の絶対値と偏角は,式 (6‑52) に示した 2 次遅れ要素の周波数伝達関数の絶対値と偏角と各々一致する.
ζ = 0.15, ω / ω0 = 1.8 における 2 次遅れ要素の正弦波応答を図7‑5に示す.横軸の時間は ω0 t として正規化されている.図の赤線は上記の指数的減衰振動を,青線は正弦波振動を示している.
7.6. 1 次遅れ要素の零入力応答
図7‑6に示す,抵抗値が R [Ω] の抵抗,及びキャパシタンスが C [F] のコンデンサから成るローパスフィルタの零入力応答を求める.ここで,入力電圧を 0 [V],即ち x (t) = 0,出力電圧を y (t) [V] とする.また,t = 0 の初期状態においてコンデンサに電荷が蓄えられており,その際の出力電圧を y (0) = y0 [V] とする.
式 (6-8) より,上記の回路の入力電圧,出力電圧の関係は以下の定数係数線形常微分方程式で与えられる.
上記のラプラス変換を以下に示す.
x (t) = 0, y (0) = y0 であるから,出力電圧 y (t) の像関数 Y (s) は以下となる.ここで τ = CR とする.
表5‑1 によるラプラス逆変換から,出力 y (t) は以下で与えられる.
上記の 1 次遅れ要素の零入力応答を図7‑7 に示す.横軸の時間は t / τ として正規化されている.
7.7. 2 次遅れ要素の零入力応答
図7‑8に示す,ばね定数が k [N/m] のバネ,質量が m [Kg] のマス,減衰係数が c [Ns/m] のダンパから成るバネマスダンパ系の零入力応答を求める.ここで,入力としての外力を 0 [N],即ち x (t) = 0,出力を y (t) [m] の変位とし,t = 0 の初期状態において出力に y (0) = y0 [m] の変位が生じている際の零入力応答を求める.
上記の運動方程式を以下に示す.
上記のラプラス変換を以下に示す.
x (t) = 0,かつ初期条件は y (0) = y0, y' (0) = 0 であるから,変位 y (t) の像関数 Y (s) は以下となる.
ここで上記の式を下記の通り変形する.
ζ > 1 の場合
Y (s) の極は実数で単極となるから,Y (s) は以下の部分分数に展開される.
留数定理より k1, k2 は以下で与えられる (式の展開は省略).
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換から,出力 y (t), (t ≥ 0) は以下で与えられる.
ζ = 1 の場合
Y (s) の極は実数で重極となるから,Y (s) は以下の部分分数に展開される.
留数定理より k1, k2 は以下で与えられる.
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換から,出力 y (t), (t ≥ 0) は以下で与えられる.
ζ < 1 の場合
Y (s) の極は複素数となるから,式 (7‑51) を式 (5‑22) の形式に展開する.
式 (5‑23) より σ, ω, k1, k2 は以下で与えられる.
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換,及び式 (1‑14) に示した三角関数の合成定理から,出力 y (t), (t ≥ 0) は以下で与えられる.
応答のグラフ
以上の 2 次遅れ要素の零入力応答を図7‑9に示す.横軸の時間は ω0 t として正規化されている.
Note: 振動解析では,上記の様に外力が無い状態における振動を自由振動 (自由応答) と言う.
7.8. 1 次遅れ要素のインディシャル応答 (初期条件がある場合)
図7‑10に示す,抵抗値が R [Ω] の抵抗,及びキャパシタンスが C [F] のコンデンサから成るローパスフィルタのインディシャル応答を求める.入出力電圧を各々 x (t), y (t) [V],これらの像関数を各々 X (s), Y (s) とする.また,t = 0 の初期状態においてコンデンサに電荷が蓄えられており,その際の出力電圧を y (0) = y0 [V] とする.
式 (6-8) より,上記の回路の入力電圧,出力電圧の関係は以下の定数係数線形常微分方程式で与えられる.
上記のラプラス変換を以下に示す.ここで τ = CR とする.
入力は単位ステップ関数 x (t) = u (t), X (s) = 1 / s,また初期条件は y (0) = y0 であるから,出力電圧 y (t) の像関数 Y (s) は以下となる.尚,上記の部分分数への分解方法は7.1 及び 7.6 と同じである.
表5‑1 によるラプラス逆変換から,出力 y (t) は以下で与えられる.5.3 に述べた通り,出力 y (t) は零入力応答と零状態応答の重ね合わせとなる.
y0 = 3 における,上記の初期条件がある場合の 1 次遅れ要素のインディシャル応答を図7‑11に示す.横軸の時間は t / τ として正規化されている.
参考: 過渡現象のまとめ
過渡現象とは,図7‑5 に示した 2 次遅れ系の正弦波応答の様に,捉えどころのない予測不可能な振動現象に思えるが,図に示した通り,この振動は単純な指数的減衰振動と正弦波振動の重ね合わせに過ぎない.また,本章の式の展開を子細に確認すれば,類似の展開が多い事に気が付くであろう.特に,7.7 2 次遅れ要素の零入力応答の殆どの数式は,7.4 2 次遅れ要素のインディシャル応答 (単位ステップ応答) のコピペとしか思えず,事実コピペで作成されている.
入力の時間関数 x (t) に対する出力の時間関数 y (t) が,定数係数線形常微分方程式で記述されるシステムの過渡現象 y (t) は,この微分方程式の初期値問題における特殊解で与えられる.これは,式 (5‑12) に示す様に,零入力応答と零状態応答の重ね合わせとなる.5.4 の部分分数への分解方法で述べた通り,これらは式 (5‑12) の各項の分母の次数が何次であろうと,極が実数の場合は 1 次の部分分数,複素数の場合は 2 次の部分部数に分解できる.
ラプラス変換の主要な公式を示した表5‑1 から明らかな通り,これらの部分分数をラプラス逆変換した場合,1 次の部分分数は指数的減衰 (発散),若しくは定数,2 次の部分分数は指数的減衰振動 (発散振動),若しくは正弦波となり,これらが n 重解となる場合は t n 倍される.従って,入出力の関係が定数係数線形常微分方程式で記述されるシステムの過渡現象はこれらの重ね合わせにしかならないのである.
7. 過渡現象
本章では,初期条件が 0 であり,伝達関数が定義される 1 次遅れ要素のインディシャル応答,ランプ応答,正弦波応答,2 次遅れ要素のインディシャル応答,正弦波応答を示す.次に,初期条件が 0 とならず伝達関数が定義されない 1 次遅れ要素,2 次遅れ要素の零入力応答を示す.最後に,同様に初期条件が 0 とならず伝達関数が定義されない 1 次遅れ要素のインディシャル応答を示し,初期条件,入力が共にある場合の出力は,これらの零入力応答と零状態応答の重ね合わせとなる事を述べる.
- 7.1. 1 次遅れ要素のインディシャル応答 (単位ステップ応答)
- 7.2. 1 次遅れ要素のランプ応答
- 7.3. 1 次遅れ要素の正弦波応答
- 7.4. 2 次遅れ要素のインディシャル応答 (単位ステップ応答)
7.1. 1 次遅れ要素のインディシャル応答 (単位ステップ応答)
以下の伝達関数で表される 1 次遅れ要素のインディシャル応答を示す.ここで,τ は時定数とする.
入力及び出力の原関数を各々 x (t), y (t),これらの像関数を各々 X (s), Y (s) とすると,入力は単位ステップ関数 x (t) = u (t), X (s) = 1 / s であるから,出力 y (t) のラプラス変換 Y (s) は以下で与えられる.
ここで,Y (s) を以下の部分分数に展開する.
留数定理より k1, k2 は以下で与えられる.
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換から,出力 y (t) は以下で与えられる.
上記の 1 次遅れ要素のインディシャル応答を図7‑1 に示す.横軸の時間は t / τ として正規化されている.図から明らかな通り,出力 y (t) の立ち上がりに要する時間は,時定数 τ に反比例する.即ち時定数が小さいほど立ち上がり時間は早くなる.また,時間 t = τ において y (t) = 1 − e −1 ≃ 0.63 であるから,時定数とは,出力 y (t) が定常状態の約 0.63 倍となる時間となる.
7.2. 1 次遅れ要素のランプ応答
以下の伝達関数で表される 1 次遅れ要素のランプ応答を示す.ここで,τ は時定数とする.
入力及び出力の原関数を各々 x (t), y (t),これらの像関数を各々 X (s), Y (s) とすると,入力はランプ関数 x (t) = t, (t ≥ 0), X (s) = 1 / s2 であるから,出力 y (t) のラプラス変換 Y (s) は以下で与えられる.
1 / s2 の極は重極であるから,Y (s) は以下の部分分数に展開される.
留数定理より k1, k2, k3 は以下で与えられる.
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換から,出力 y (t) は以下で与えられる.
上記の 1 次遅れ要素のランプ応答を図7‑2に示す.横軸の時間は t / τ,縦軸の出力は y (t) / τ として正規化されている.図の赤線は入力のランプ関数を示している.図から明らかな通り,出力 y (t) は t → ∞ で y (t) = t − τ に漸近する.よって,定常状態における入力 x (t) と出力 y (t) の間には,y (t) = x (t) − τ の差が生じるため x (t) = y (t + τ) の関係が成立する.
7.3. 1 次遅れ要素の正弦波応答
以下の伝達関数で表される 1 次遅れ要素の正弦波応答を示す.ここで,τ は時定数とする.
入力及び出力の原関数を各々 x (t), y (t),これらの像関数を各々 X (s), Y (s) とし,入力を振幅 1 初期位相 0 の正弦波 x (t) = sin (ωt), (t ≥ 0), X (s) = ω / (s2 + ω2) とすると,出力 y (t) のラプラス変換 Y (s) は以下で与えられる.
1 / (s2 + ω2) の極は複素数であるから,Y (s) は以下の部分分数に展開される.
留数定理より k1, k2, k3 は以下で与えられる.
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換,及び式 (1‑14) に示した三角関数の合成定理から,出力 y (t) は以下で与えられる.
上記の右辺第 1 項は t → ∞ で 0 に収束する指数的減衰を,右辺第 2 項は正弦波振動を示している.入力は振幅 1 初期位相 0 の正弦波であるから,右辺第 2 項の正弦波振動の絶対値と偏角は,式 (6‑48) に示した 1 次遅れ要素の周波数伝達関数の絶対値と偏角と各々一致する.
ω τ = 10 における,上記の 1 次遅れ要素の正弦波応答を図7‑3に示す.横軸の時間は t / τ として正規化されている.また,図の赤線は正弦波入力を示しており,正弦波応答と視覚的に比較するために振幅を 1/10 に縮小して表示してある.
7.4. 2 次遅れ要素のインディシャル応答 (単位ステップ応答)
以下の伝達関数で表される 2 次遅れ要素のインディシャル応答を示す.ここで,ω0 は無減衰固有角周波数,ζ は減衰比とする.
入力及び出力の原関数を各々 x (t), y (t),これらの像関数を各々 X (s), Y (s) とすると,入力は単位ステップ関数 x (t) = u (t), X (s) = 1 / s であるから,出力 y (t) のラプラス変換 Y (s) は以下で与えられる.
ζ > 1 の場合
G (s) の極は実数で単極となるから,Y (s) は以下の部分分数に展開される.
留数定理より k1, k2, k3 は以下で与えられる (式の展開は省略).
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換から,出力 y (t), (t ≥ 0) は以下で与えられる.
ζ = 1 の場合
G (s) の極は実数で重極となるから,Y (s) は以下の部分分数に展開される.
留数定理より k1, k2, k3 は以下で与えられる.
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換から,出力 y (t), (t ≥ 0) は以下で与えられる.
ζ < 1 の場合
G (s) の極は複素数となるから,Y (s) は以下の部分分数に展開される.
留数定理より k1 は以下で与えられる.
また,係数比較によりk2 = −1, k3 = −2 ζ ω0 となる.ここで式 (7‑29) の右辺第2項を式 (5‑22) の形式に展開する.
式 (5‑23) より σ, ω, K1, K2 は以下で与えられる.
よって Y (s) は以下の部分分数に展開される.
表5‑1 によるラプラス逆変換,及び式 (1‑14) に示した三角関数の合成定理から,出力 y (t), (t ≥ 0) は以下で与えられる.
応答のグラフ
以上の 2 次遅れ要素のインディシャル応答を図7‑4に示す.横軸の時間は ω0 t として正規化されている.図からも明らかな通り,ζ < 1 の場合は出力 y (t) は振動的となる.尚,振動解析では,ζ > 1 を過減衰,ζ = 1 を臨界減衰,0 < ζ < 1 を減衰振動,ζ = 0 を単振動と呼ぶ.
以下に続く.
6. 伝達関数と周波数応答
本章では,先ず伝達関数の定義,伝達関数の例,線形時不変システムの応答と伝達関数の関係を復習する.これらは教科書に十分な説明が記載されているため,本資料では数式の証明や導出等は省略し,留意すべき点を Note に示す.次に,6.4 において,周波数伝達関数はシステムの入出力の関係を記述する定数係数線形常微分方程式の定常解から定義される事を示し,初期条件が 0 とならず伝達関数が定義されないシステムにおいても,周波数伝達関数は定義される事を明らかにする.最後に 6.5 においてボード線図を復習する.
- 6.1. 伝達関数の定義
- 6.2. 伝達関数の例
- 6.3. 線形時不変システムの応答と伝達関数の関係
- 6.4. 周波数伝達関数の定義
- 6.5. ボード線図
- 余談: 本資料の周波数伝達関数の定義
- 本章の参考文献
6.1. 伝達関数の定義
入力の時間関数 x (t), (t ≥ 0) に対する出力の時間関数 y (t), (t ≥ 0) が,以下の定数係数線形常微分方程式で記述され,かつ初期条件が全て 0 となる線形時不変システムにおける,入力 x (t) と出力 y (t) のラプラス変換の比を,このシステムの伝達関数と言う.
初期条件を以下に示す.
上記の初期条件における,式 (6-1) のラプラス変換を以下に示す.
ここで,X (s), Y (s) は各々原関数 x (t), y (t) の像関数を表す.これを Y (s) について解くと以下の通りとなる.
よって,伝達関数 G (s) は以下で与えられる.
Note: 4.6 に述べた通り,定数係数線形常微分方程式の初期条件が全て 0 という事は,この方程式によって記述されるシステムが線形時不変システムである事を意味している.これは,式 (6-4) には零状態応答に対応する項のみが含まれ,零入力応答に対応する項が含まれないため,入力に対する重ね合わせの原理が成立する事からも明らかである.逆に言うと,定数係数線形常微分方程式の初期条件が 0 とならない場合,即ち零入力応答があるシステムには,伝達関数は定義されない.
6.2. 伝達関数の例
ローパスフィルタ (積分回路)
図6‑1 に示す,抵抗値が R [Ω] の抵抗,及びキャパシタンスが C [F] のコンデンサから成るローパスフィルタ (積分回路) の伝達関数を求める.ここで,入力電圧,出力電圧を各々 x (t), y (t) [V],回路に流れる電流を i (t) [A] とする.
式 (3‑16) より,キャパシタンスに流れる電流 i (t) [A] とこれに加わる出力電圧 y (t) [V] には以下の関係がある.
また,抵抗に流れる電流 i (t) [A] と入力電圧 x (t) [V] には以下の関係がある.
従って,上記の回路の入力電圧,出力電圧の関係は以下の定数係数線形常微分方程式で与えられる.
上記のラプラス変換を以下に示す.
伝達関数は初期条件 y (0) = 0 を前提としているから,上記のローパスフィルタの伝達関数 G (s) は以下となる.ここで τ = CR は時定数と呼ばれる.また,角周波数 ωc = 1 / τ はカットオフ周波数と呼ばれる.
上記の様に,分母の次数が 1 となる伝達関数を 1 次遅れの伝達関数と言う.
Note: 上記の回路の動作は,現実には入出力に接続される回路のインピーダンスの影響を受けるため,正確な動作が要求される場合は,演算増幅器 (オペアンプ) 等を使用するのが普通である.
ハイパスフィルタ (微分回路)
図6‑2に示す,抵抗値が R [Ω] の抵抗,及びキャパシタンスが C [F] のコンデンサから成るハイパスフィルタ (微分回路) の伝達関数を求める.ここで,入力電圧,出力電圧を各々 x (t), y (t) [V],回路に流れる電流を i (t) [A] とする.
式 (3‑16) より,キャパシタンスに流れる電流 i (t) [A] とこれに加わる入力電圧と出力電圧の差分 x (t) − y (t) [V] には以下の関係がある.
また,抵抗に流れる電流 i (t) [A] と出力電圧 y (t) [V] には以下の関係がある.
従って,上記の回路の入力電圧,出力電圧の関係は以下の方程式で与えられる.
上記のラプラス変換を以下に示す.
よって,上記のハイパスフィルタの伝達関数 G (s) は以下となる.ここで τ = CR は時定数と呼ばれる.また,角周波数 ωc = 1 / τ はカットオフ周波数と呼ばれる.
Note: 上記の回路の動作も,現実には入出力に接続される回路のインピーダンスの影響を受けるが,演算増幅器 (オペアンプ) 等を使用しても,増幅器の周波数特性による制限を受け,現実にはバンドパス特性のフィルタとなるため,正確な実現は非常に困難である.
バネマスダンパ系
図6‑3 に示す,ばね定数が k [N/m] のバネ,質量が m [Kg] のマス,減衰係数 (ダンピング係数) が c [Ns/m] のダンパ (ダッシュポット) から成るバネマスダンパ系において,入力を x (t) [N] の外力,出力を y (t) [m] の変位とした際の伝達関数を求める.
上記の運動方程式を以下に示す.
上記のラプラス変換を以下に示す.
伝達関数は初期条件 y' (0) = y (0) = 0 を前提としているから,上記のバネマスダンパ系の伝達関数 G (s) は以下で与えられる.
上記の様に,分母の次数が 2 となる伝達関数を 2 次遅れの伝達関数と言う.尚,振動解析ではこの式を下記の様に変形させる場合が多い.
ここで,ω0 は無減衰固有角周波数,ζ は減衰比と呼ばれる.ζ > 1 の場合は G (s) の極は実数で単極,ζ < 1 の場合は複素数となるから,伝達関数をこの様に変形する事によって,応答が指数的なのか振動的なのか,また固有振動数が容易に判る.
Note: 振動解析では,上記の様に外力によって引き起こされる振動を強制振動 (強制応答) と言う.
直列共振回路
図6‑4 に示す,抵抗値が R [Ω] の抵抗,インダクタンスが L [H] のコイル,及びキャパシタンスが C [F] のコンデンサから成る直列共振回路の伝達関数を求める.ここで,入力電圧,出力電圧を各々 x (t), y (t) [V],回路に流れる電流を i (t) [A] とする.
式 (3‑16) より,キャパシタンスに流れる電流 i (t) [A] とこれに加わる出力電圧 y (t) [V] には以下の関係がある.
また,式 (3‑9) より,抵抗,コイルに流れる電流 i (t) [A] と入力電圧 x (t) [V] には以下の関係がある.
従って,上記の回路の入力電圧,出力電圧の関係は以下の定数係数線形常微分方程式で与えられる.
上記のラプラス変換を以下に示す.
伝達関数は初期条件 y' (0) = y (0) = 0 を前提としているから,上記の直列共振回路の伝達関数 G (s) は以下で与えられる.
この伝達関数は,前記のバネマスダンパ系の伝達関数と本質的に同一となる.
むだ時間要素
システムの処理遅延等のむだ時間の伝達関数を求める.入力の時間関数を x (t),出力の時間関数を y (t),むだ時間を T とすると,これらの関係は以下の通りとなる.
表5-2 に示した時間軸上の平行移動の定理より,上記のラプラス変換は以下で与えられる.
従って,むだ時間要素の伝達関数 G (s) は以下で与えられる.
むだ時間要素の伝達関数は,システムに処理遅延がある場合だけでなく,サンプリングによるディジタル信号処理においても使用される.
フィードバック系
以下のブロックダイヤグラムで表される,伝達関数 G (s), H (s) から成るフィードバック系の伝達関数を求める.
入力の時間関数を x (t),出力の時間関数を y (t) とすると,これらの像関数 X (s), Y (s) の関係は以下で与えられる.
従って,上記のブロックダイヤグラムで示されるフィードバック系の伝達関数 Y (s) / X (s) は以下で与えられる.
6.3. 線形時不変システムの応答と伝達関数の関係
インパルス応答
伝達関数 G (s) は入力の時間関数 x (t) と出力の時間関数 y (t) のラプラス変換の比であるから,これらの像関数 X (s), Y (s) の関係は以下の通りとなる.
ここで,入力を単位インパルス関数 δ (t) とした際の出力の時間関数をインパルス応答と言う.5.2 に述べた通り,単位インパルス関数のラプラス変換は 1 であるから,1 G (s) はインパルス応答のラプラス変換を示している.式 (6‑30) は以下の通り書き直せる.
上記の式と 5.2 に示した畳み込の公式より,システムのインパルス応答 g (t) が与えられれば,任意の入力の時間関数 x (t) に対する出力の時間関数 y (t) は以下の畳み込積分から得られる.
インディシャル応答 (単位ステップ応答)
残念ながら,単位インパルス関数は理論上,想像上の関数であるため,インパルス応答は物理的には実存しない.しかし,入力を単位ステップ関数 u (t) とした際の出力の時間関数であるインディシャル応答 (単位ステップ応答) からも類似の関係が得られる.単位ステップ関数のラプラス変換は 1 / s であるから,インディシャル応答のラプラス変換を A (s) とすると,これらの関係は以下の式で与えられる.
よって,式 (6-30) は以下の通り書き直せる.
上記の式と 5.2 に示した畳み込の公式,及び微分の公式より,システムのインディシャル応答 a (t) が与えられれば,任意の入力の時間関数 x (t) に対する出力の時間関数 y (t) は以下の式から得られる.
Note: 以上の関係は,あくまで伝達関数が定義される線形時不変システムにおいて成立する事に注意せよ.即ち,これらの関係は,初期条件が 0 とならならず伝達関数が定義されないシステムにおいては成立しない.
6.4. 周波数伝達関数の定義
入力の時間関数 x (t) に対する出力の時間関数 y (t) が,以下の定数係数線形常微分方程式で記述されるシステムに対して,入力 x (t) を複素正弦波 e jωtとし,出力 y (t) が入力と角周波数が等しい複素正弦波となる定常状態における入力 x (t) と出力 y (t) の比を,このシステムの周波数伝達関数 (周波数応答) と言う.
4.4 及び 4.5 に述べた通り,定常状態における出力 y (t) は,上記の定数係数線形常微分方程式における非同次方程式の特殊解 (定常解) yp (t) となる.よって,上記の式に,x (t) = e jωt を,また 4.4に述べた未定係数法に基づいて y (t) = A e j (ωt + φ) を代入すると,以下の通りとなる.
これを,入力 x (t) と出力 y (t) の比に整理すると下記の式が得られる.
上記の正弦波の時間関数の比における e jωt は約分され,時間関数が角周波数の関数に変換される.従って,周波数伝達関数 G (jω) は以下で与えられる.
ここで,以下に示す通り,周波数伝達関数 G (jω) の絶対値は,入出力される正弦波の振幅の比を,偏角は入出力される正弦波の位相差を示す.
Note: 以上の説明から明らかな通り,周波数伝達関数はシステムに入出力される正弦波の定常状態における振幅の比と位相差を示したものであり,定数係数線形常微分方程式の初期条件に依存しないため,初期条件が 0 とならず伝達関数が定義されないシステムにおいても,周波数伝達関数は定義できる事に注意せよ.更に,伝達関数と異なり入出力の時間関数の定義域に (t ≥ 0) の制約が無い事にも注意せよ.
6.1 に述べた上記と同じ定数係数線形常微分方程式で記述されるシステムにおいて,式 (6‑5) に示した伝達関数の s を jω に置き換えると,式 (6‑39) に示した周波数伝達関数となる.但し,この逆は必ずしも成り立たつとは限らない.初期条件が 0 とならない場合でも,周波数伝達関数は定義できるが,伝達関数は定義されない.
Note: 周波数伝達関数は定常状態においてシステムに入出力される正弦波の振幅の比と位相差を示したものである.一方,3 章に示した複素正弦波交流における誘導リアクタンス,容量リアクタンス,レジスタンス,及びこれらの直列回路,並列回路における複素合成インピーダンスは,何れも RCL による回路をシステムとすれば,複素正弦波交流の電流を入力,電圧を出力とした際の,定常状態における電圧と電流の振幅の比と位相差を示したものと解釈する事ができる.RCL による如何なる回路も,直列回路や並列回路の組み合わせであるから,RCL 回路における周波数伝達関数を求める際には,複素正弦波交流における誘導リアクタンス,容量リアクタンス,及びレジスタンスから計算する事ができ,伝達関数から求める必要は無い.
6.5. ボード線図
周波数伝達関数 G (jω) の絶対値及び偏角と周波数の関係を図示したものをボード線図と言う.前者はゲイン線図,後者は位相線図とも呼ばれる.周波数伝達関数の絶対値は入出力される正弦波の振幅の比を,偏角は入出力される正弦波の位相差を示すため,ボード線図はこれらと周波数の関係,即ちゲイン特性や位相特性等の周波数特性を図示したものとなる.
一般に,ボード線図は横軸に周波数 [Hz],若しくは角周波数 [rad/s] を対数目盛で取り,縦軸にG (jω) の絶対値 (Gain) をデシベル [dB] で,偏角 (Phase angle) を度 [deg] で表示する.デシベルとは,ある数値の常用対数を 20 倍したもので,20 dB の差は 10 倍を,6 dB の差は約 2 倍を意味する.|G (jω)| をデシベルで表すと以下の通りとなる.
積分要素のボード線図
上記の周波数伝達関数のボード線図を図6‑6に示す.図から明らかな通り,ゲイン特性は −20 [dB/decade] (周波数が 10 倍となると,ゲインは −20 [dB],即ち 1/10 倍) となる.また,位相特性は −90 [deg] (90度の位相遅れ) となる.上記から明らかな通り,積分要素のゲインは角周波数が 0 に近づくと無限大に発散するため,正確な積分要素を実現する事は出来ず,多くの場合,以下に述べるローパスフィルタ (積分回路) で代用する.
微分要素のボード線図
上記の周波数伝達関数のボード線図を図6‑7に示す.図から明らかな通り,ゲイン特性は 20 [dB/decade],位相特性は 90 [deg] (90度の位相進み) となる.上記から明らかな通り,微分要素は角周波数が高い領域でゲインが高くなるため,ノイズの影響を非常に受けやすい問題点がある.また,角周波数が無限大に近づくとゲインが無限大に発散するため,正確な微分要素を実現する事は出来ない.以下に述べるハイパスフィルタ (微分回路) で代用する場合もあるが,6.2 に述べた通りこれの正確な実現も困難である.
Note: そもそも,理論的には過去から現在までの信号の変化から,その現時点での微分を求める事は出来ないため,厳密な微分要素は理論上存在しない.次の瞬間に微分可能ではない変化をするかも知れない.5.4 において,制御理論では,ラプラス変換の分子の次数が分母の次数より高い場合は扱わないと述べたが,分子の次数の方が高い場合とは微分要素があるのと等価であり,その様な物は存在し得ないため扱う必要が無いのである.
1 次遅れ要素のボード線図 (ローパスフィルタ)
以下の伝達関数で表される 1 次遅れ要素 (ローパスフィルタ,積分回路) のボード線図を示す.ここで,τ は時定数,ωc = 1 / τ はカットオフ周波数とする.
従って,G (jω) の絶対値と偏角は以下の通りとなる.
上記の周波数伝達関数のボード線図を図6‑8に示す.横軸の角周波数は ω / ωc として正規化されている.
図から明らかな通り,ω / ωc ≪ 1 の場合のゲイン特性は 0 [dB] (1倍) となり,ω / ωc ≫ 1 の場合は −20 [dB/decade] となる.これは,20 [dB/decade] の減衰傾斜とも呼ばれる.ここで,図の中央のカットオフ周波数 ω = ωc におけるゲインは約 −3 [dB],即ち約 7/10 倍となる.これは,約 3 [dB] の減衰量とも呼ばれる.また,位相は −45 [deg] となる.
従って,この伝達関数で示される1 次遅れ要素はローパスフィルタとして動作する.また,ω / ωc ≫ 1 の周波数領域は積分要素の代用とする事ができる.
1 次遅れ要素のボード線図 (ハイパスフィルタ)
以下の伝達関数で表される 1 次遅れ要素 (ハイパスフィルタ,微分回路) のボード線図を示す.ここで,τ は時定数,ωc = 1 / τ はカットオフ周波数とする.
上記の周波数伝達関数のボード線図を図6‑9に示す.横軸の角周波数は ω / ωc として正規化されている.
図から明らかな通り,ハイパスフィルタとローパスフィルタのゲイン線図は,角周波数を逆数とした関係となる.ω / ωc ≪ 1 の場合のゲイン特性は 20 [dB/decade] となり,ω / ωc ≫ 1 の場合は 0 [dB] となる.ここで,図の中央のカットオフ周波数 ω = ωc におけるゲインは約 −3 [dB],位相は 45 [deg] となる.
従って,この伝達関数で示される1 次遅れ要素はハイパスフィルタとして動作する.また,ω / ωc ≪ 1 の周波数領域は微分要素の代用とする場合がある.但し,6.2 に述べた通り,現実にはハイパスフィルタの正確な実現は困難である.
2 次遅れ要素のボード線図
以下の伝達関数で表される 2 次遅れ要素のボード線図を示す.ここで,ω0 は無減衰固有角周波数,ζ は減衰比とする.
Note: 上記程度の複素関数の絶対値や偏角は,Excel や関数電卓で直接計算できるため,これらの式の展開は省略する.
上記の周波数伝達関数のボード線図を図6‑10に示す.横軸の角周波数は ω / ω0 として正規化されている.図から明らかな通り,ω / ω0 ≪ 1 の場合のゲイン特性は 0 [dB] となり,ω / ω0 ≫ 1 の場合は −40 [dB/decade] (周波数が 10 倍となると,ゲインは −40 [dB],即ち 1/100 倍) となる.これは 40 [dB/decade] の減衰傾斜とも呼ばれる.ここで,図の中央の無減衰固有角周波数 ω = ω0 近傍におけるゲインは減衰比 ζ に依存する.また,その際の位相は −90 [deg] となる.
むだ時間要素のボード線図
以下の伝達関数で表されるむだ時間要素のボード線図を示す.
上記の周波数伝達関数のボード線図を図6‑11に示す.横軸の角周波数は ωT として正規化されている.図から明らかな通り,むだ時間要素のゲイン特性は 0 [dB] となる.また,ω = π / T となる角周波数における位相は −180 [deg] となる.従って,むだ時間要素を含むフィードバック系のシステムにおいて,角周波数 ω = π / T におけるゲインが 0 [dB] を超える場合は,発振が生じる可能性がある.
以上が,むだ時間要素の教科書的説明である.ここで,システムの処理遅延等のむだ時間が伝達関数で記述できる事を直感的に説明する.上記のむだ時間要素の位相線図の横軸を直線軸とした図を以下に示す.
式 (6‑25) から明らかな通り,むだ時間要素とは,入力 x (t) から出力 y (t) への遅延時間が角周波数によらず一定となる要素の事である.従って,この遅延時間を周波数伝達関数における位相の遅れと考えると,むだ時間要素とは位相遅れが角周波数に比例する要素となる.むだ時間要素の周波数伝達関数は,この様な角周波数と位相遅れの関係を記述しているのである.但し,複素数の偏角の定義上,上の図に示す様に位相遅れが 180 [deg] を超えると 180 [deg] の位相進みとして表示される事に注意せよ.
Note: この考え方は,13.4 に述べる線形位相 FIR フィルタの基本となる.
余談: 本資料の周波数伝達関数の定義
6.4に述べた周波数伝達関数に関する解説は,殆どの制御工学の教科書の記述と大幅に異なるため,その理由を以下に説明する.
殆どの制御工学の教科書では,伝達関数において s = jω と変換した関数を周波数伝達関数として定義しているが,その理由が何も書かれておらず,即ち単に公式を天下り式に示しているだけで,何故そうなるのかが全く理解できない問題がある.但し,ごく一部の教科書には,伝達関数で記述された線形時不変システムの入力を正弦波とした際の,定常状態における入力と出力の比から周波数伝達関数を求める方法が示されているが,以下の観点からは説明が不足しているのである.
電気回路の周波数伝達関数を求める際に,制御工学の教科書通りに,入出力の関係を定数係数線形常微分方程式で記述し,ラプラス変換を行い,伝達関数を求めて,s = jω と変換するやり方は,正直の上に馬鹿が付く解法である.本資料の 3 章が理解できていれば,電気回路における周波数伝達関数は,回路の複素合成インピーダンスから直ちに求める事ができる.
周波数伝達関数の導出に,定数係数線形常微分方程式の記述,ラプラス変換と伝達関数の算出,伝達関数への正弦波の入力と定常状態における出力の算出といった教科書通りの手順が必要であるとすれば,何故,本資料の 3 章に示した複素合成インピーダンスに基づく遥かに簡単な解法によって,これと等価な結果が導けるのか,説明が必要なのである.即ち,制御工学の教科書の周波数伝達関数の説明では,電気工学における複素インピーダンスによる解法との関係が全く不明なのである.或いは,これらは厳密には制約条件や適用範囲が異なる問題に対する異なる解法なのか,という疑問が生じる.
本資料では電気工学と整合性の取れた周波数伝達関数の解法を示している.4.5 章に述べた通り,3 章に示した複素合成インピーダンスは,定数係数線形常微分方程式によって記述されたシステムにおいて,入力を複素正弦波 e jωtとし,出力を非同次方程式の特殊解 (定常解) yp (t) から求める方法で導出している.このため,本資料でもこの方法によって,周波数伝達関数を求めている.ごく一部の制御工学の教科書に示された伝達関数から周波数伝達関数を求める解法には過渡現象が含まれてしまうため,本資料の様に定常解を直接求めた方が容易に理解できるし,初期条件に依存しないため,伝達関数が定義されない場合にも対応できる.
本章の参考文献
明石一, "制御工学 増訂版," 大学講座 機械工学 12, 共立出版, 1979.
5. ラプラス変換と定数係数線形常微分方程式
本章では,ラプラス変換の定義,公式と定理,ラプラス変換による定数係数線形常微分方程式の解法を復習する.これらは教科書に十分な説明が記載されているため,本資料では数式の証明や導出等は省略し,留意すべき点を Note に示す.
- 5.1. ラプラス変換の定義
- 5.2. ラプラス変換の公式と定理
- 5.3. ラプラス変換による定数係数線形常微分方程式の解法
- 5.4. 逆変換における部分分数への分解方法
- 余談: 何故ラプラス変換で定数係数線形常微分方程式が解けるのか
- 本章の参考文献
5.1. ラプラス変換の定義
t ≥ 0 で定義された関数 f (t) のラプラス変換 F (s) を以下に示す.
ここで s は複素数で s = σ + jω と表す事が多い.また,f (t) を原関数,F (s) を像関数,F (s) が収束する s の範囲を収束域と言う.原関数 f (t) と像関数 F (s) の関係を以下の様に表示する場合もある.
同様に,原関数 f (t) は像関数 F (s) のラプラス逆変換とも呼ばれ,以下の様に表示される.
ラプラス逆変換の公式を以下に示す.
Note:原関数 f (t) の定義域は t ≥ 0 となる事に注意せよ.式 (5‑1) から明らかな通り,原関数 f (t) の t < 0 の部分は像関数 F (s) に影響を与えない.このため,原関数 f (t) の t < 0 に意味を持たせてはならない.同様に,逆変換の結果得られる原関数 f (t) の t < 0 の部分には意味は無い.即ち,原関数 f (t) の t < 0 は不定となる.これは線形時不変システムを分析する際には殆ど問題とはならないが,定数係数線形常微分方程式をラプラス変換によって解く場合,4 章に示した方法と比較して若干の制約となる事に留意せよ.
尚,ラプラス変換は,定数係数線形常微分方程式の解法や線形時不変システムの解析に用いられるが,フーリエ解析の様に観測した信号をラプラス変換する事や,任意の原関数をラプラス変換する必要が生じる事は稀である.このため,上記のラプラス変換,逆変換の公式を実際に解く必要は殆ど無く,多くの場合変換,逆変換には以下のラプラス変換の公式や定理が用いられる.
5.2. ラプラス変換の公式と定理
ラプラス変換の主要な公式を以下に示す.
項番 | 原関数 |
像関数 |
収束域 |
---|---|---|---|
1 | |||
2 | |||
3 | |||
4 | |||
5 | |||
6 | |||
7 | |||
8 | |||
9 | |||
10 | |||
11 |
項番 1 の原関数は単位インパルス関数やデルタ関数と呼ばれる超関数である.これは,虚数と同様に物理的な事象を記述したものではなく,理論上,想像上の関数であり,下記で定義される.
ここで,f (t) = 1 とすると,単位インパルス関数の面積は 1 となる事が判る.
一方,式 (5‑5) を満たすには,単位インパルス関数は t ≠ 0 において δ (t) = 0 となる.従って,t = 0 において形式的に δ (0) = ∞ と見做される.尚,式 (5‑5), (5‑6) は積分範囲を [−∞,∞] としているが,以下に示す様に積分範囲に 0 が含まれていれば,これらの式は成り立つとされている.
項番 2 の原関数は単位ステップ関数と呼ばれる.原関数の定義域は t ≥ 0 であるから,これを項番 3 の様に表す場合もある.単位インパルス関数は,以下の通り単位ステップ関数の微分であると考えても良い.
項番 4 はランプ関数や定速度関数と呼ばれ,サーボ系の定常偏差の評価に良く用いられる.項番 10, 11 は各々項番 8, 9 を s 領域で平行移動したものである.
Note: ラプラス変換の原関数の定義域が t ≥ 0 である事から,これを明示するために原関数を sin (ωt) u (t) の様にステップ関数との積で表示する流儀もある.
最後に,ラプラス変換の主要な定理を以下に示す.
線 形 性 | |
微 分 | |
積 分 | |
畳み込み | |
時間軸上の平行移動 | |
s 領域の平行移動 | |
最終値定理 | |
初期値定理 |
5.3. ラプラス変換による定数係数線形常微分方程式の解法
ラプラス変換による下記の 2 階定数係数線形常微分方程式の初期値問題における特殊解の解法を示す.高階の場合も解法は原理的に同じである.
上記の両辺のラプラス変換を以下に示す.
ここで,X (s), Y (s) は各々原関数 x (t), y (t) の像関数を表す.上記を Y (s) について解き,初期条件を代入すると以下の通りとなる.
上記は原関数 y (t) のラプラス変換を与えるから,これを下記の様に逆変換する事によって y (t) の初期値問題における特殊解が得られる.
逆変換は,式 (5‑11) の各項を部分分数に分解して,ラプラス変換の公式に当てはめる方法が簡易である.この方法は 5.4 に述べる.
Note: 式 (5‑11) の分母 a2 s 2 + a1 s + a0 を 0 とした方程式は,式 (5‑9) を x (t) = 0 とした同次方程式における特性方程式と等しい事に注意せよ.
Note: 式 (5‑12) の右辺第 1 項は初期条件に依存し,入力に依存しないため零入力応答,第 2 項は入力に依存し,初期条件に依存しないため零状態応答と呼ばれる.尚,零状態応答には過渡現象が含まれており,零入力応答や零状態応答は,同次方程式の一般解 (過渡解) yc (t) や非同次方程式の特殊解 (定常解) yp (t) と 1 対 1 の対応関係は無い.
5.4. 逆変換における部分分数への分解方法
式 (5-11) の各項を部分分数に分解する具体的な方法を説明する.部分分数分解は高校数学で学習しているし,直感で解いても差し支えないが,ここでは汎用性の高い留数定理 (ヘビサイドの展開定理) に基づいた方法を示す.説明を簡単にするために,下記に示した,分母の次数が 2 次,分子の次数が 1 次となる像関数の部分分数への分解方法を示す.
ここで,上記の式の分母を 0 とした以下の方程式を,特性方程式と呼ぶものとする.
Note: 分子と分母の次数が共に 2 次となる場合は,下記の様に定数項を繰り出して,分子の次数を 2 次以下とする.この定数項はインパルス関数に逆変換される.従って,この様な分子と分母の次数が等しい像関数の逆変換は,インパルス応答の様な論理上,想像上の応答を求める場合には考えられるが,現実的な過渡現象を求める場合には通常はあり得ない.
尚,制御理論では,分子の次数が分母の次数より高い場合は扱わないため,その様な場合は考えなくてよい.
Y (s) の極が実数で単極の場合
これは,特性方程式の s が異なる実数解となる場合であるから,これらを各々 α, β とすると像関数は以下の様に部分分数に分解できる.
ここで,k1, k2 は以下の様に留数定理 (ヘビサイドの展開定理) から求められる.
以上とラプラス変換表より,原関数 y (t) の特殊解は以下の通りとなる.
Y (s) の極が実数で重極の場合
これは,特性方程式の s が重解となる場合であるから,これを α とすると像関数は以下の様に部分分数に分解できる.
ここで,k1, k2 は以下の様に留数定理から求められる.
以上とラプラス変換表より,原関数 y (t) の特殊解は以下の通りとなる.
Y (s) の極が複素数の場合
これは,特性方程式の s が共役複素数となる場合であり,上に示した極が実数で単極の場合と同じ方法で解けるが,計算が煩雑となる.この場合は,以下の様に係数比較によってラプラス変換の公式に変換した方が簡単である.ここで,特性方程式における s の共役複素数の解を σ ± jω とする.
上記の係数を比較すると下記が得られる.
以上とラプラス変換表より,原関数 y (t) の特殊解は以下の通りとなる.
上記に式 (1-14) に示した三角関数の合成定理を適用しても良い.
分母の次数が 3 次以上の場合
像関数の分母の次数が 3次以上の場合の分解方法は 2次の場合と原理的に同じとなる.何故なら,n 次の多項式には複素数を含む n 個の根があるため,像関数の極が実数の場合は分母の次数が 1 次の部分分数,複素数の場合は分母の次数が 2 次の部分分数に分解できるからである.
分母の次数が 3 次以上となる場合は,以下の様に Y (s) の極が複素数と実数となる際の部分分数への分解方法が必要となる.
ここで,右辺 1 項の特性方程式における s の共役複素数の解を σ ± jω とすると,k1, k2 は以下の様に係数比較によって求める事ができる.
また,分母の次数が 3 次以上となる場合は重極の扱いも必要となる.例えば n 重極の場合,原関数は以下の様に部分分数に分解できる.
ここで,kr は以下の留数定理から求められる.
また,複素数の重極の場合は,原関数を以下の様に部分分数に分解しても良い.
余談: 何故ラプラス変換で定数係数線形常微分方程式が解けるのか
本資料を作成するにあたって,この問題を考えたが,気の利いた説明を見出せなかった.そもそも,微分方程式が何故解けるのか,との問いを考えても,教科書に載っている微分方程式は解法が判明しているものに限られ,大抵の高階非線形の微分方程式は解析的には解けず,数値計算によって数値解を求めるしか無いのである.
4.3,4.4 に述べた定数係数線形常微分方程式の解法は,これの一般解が指数関数的減衰 (或いは発散) と正弦波振動の組み合わせにしかならない事を利用している.ラプラス変換による解法もこれと根本的に異なる方法では無く,類似の点が多く見られ,解法をさらに洗練しパターン化定型化している様に思える.
すると,結局ラプラス変換の定義である式 (5‑1) による積分変換が何を意味しているのか,という事になるが,適切な説明に思い至らなかった.多くの教科書や資料に書かれている通り,ラプラス変換に物理的なイメージを見出す事は難しく,指数関数や対数関数と同様の計算量を削減する数学的手法と見做すことが妥当であろう.
一部の資料においてラプラス変換の定義式を s = jω としてフーリエ変換と類似の式として考察している場合が見受けられるが,それでは定常解が解ける事の直感的な説明にしかならないであろう.ラプラス変換の積分変換における複素指数関数の指数は s = σ + jω であるため,これは以下の図の様に複素平面上で指数関数的減衰と正弦波振動を同時に表す事を暗喩しており,この様な関数における何らかの直交性を利用した変換を行っているのではないかと想像する.
上記を σ > 0 とし更に時間軸を加えて 3 次元表示にすると EXILE のグルグルとなるのである.
本章の参考文献
明石一, "制御工学 増訂版," 大学講座 機械工学 12, 共立出版, 1979.
4. 線形時不変システムと定数係数線形常微分方程式
本章では,先ず 4.1 において線形時不変システムの定義とその意味を述べる.次に 4.2 において線形時不変システムの入出力の関係の記述に用いられる定数係数線形常微分方程式の概要を示す.そして 4.3,4.4 において定数係数線形常微分方程式の一般解の解法を復習し,4.5 において線形時不変システムの記述の観点からこの解法の意味を述べる.最後に 4.6 において,定数係数線形常微分方程式によって記述されるシステムは,初期条件がすべて 0 であれば線形時不変システムの条件を満たし,さもなければ,初期条件による出力への影響が無視できる定常状態において,線形時不変システムと見做せる事を示す.
- 4.1. 線形時不変システムの定義
- 4.2. 定数係数線形常微分方程式
- 4.3. 定数係数線形常微分方程式の解法 (同次方程式)
- 4.4. 定数係数線形常微分方程式の解法 (非同次方程式)
- 4.5. 定数係数線形常微分方程式の解法の意味
- 4.6. 線形時不変システムと定数係数線形常微分方程式の関係
4.1. 線形時不変システムの定義
入力の時間関数 x (t) に対する出力の時間関数が y (t) となるシステム G において,これら時間関数の関係を式 (4‑1) の形式で表示するものとする.
ここで,システム G における入力 x1 (t), x2 (t),出力 y1 (t), y2 (t) が以下の関係を満たす場合,システム G を線形システムと言う.ここで a, b は定数である.
上記の定義は,入力を a 倍したら出力も a 倍される直線性を有し,かつ複数の入力が加えられた場合の出力は,個々の入力が加えられた際の出力の和となる,重ね合わせの原理が成立するシステムを規定している.
また,システム G における入力 x (t),出力 y (t) が以下の関係を満たす場合,システム G を時不変システムと言う.ここで τ は定数である.
上記の定義は,入力と出力の関係が,時間 t の原点の取り方に依存しないシステムを規定している.
Note: 線形時不変システムに該当しないシステムの例として,信号間で乗算が行われるシステムや,非線形性を利用しているシステムが挙げられる.具体的な例としては,変調回路 (振幅変調,周波数変調,位相変調を問わず),復調回路,周波数変換回路,周波数逓倍回路,整流回路,対数増幅回路等が挙げられる.
4.2. 定数係数線形常微分方程式
線形時不変システムの入力の時間関数 x (t) と出力の時間関数 y (t) の関係は,下記の常微分方程式で記述される.下記の常微分方程式は y (t) を未知関数とし,これとその導関数の一次式から成るため,線形常微分方程式であり,かつ an, ..., a0 は定数であるため,定数係数線形常微分方程式と呼ばれる.
以降,上記の常微分方程式を下記の様に記す.
これは一見非常に難解な式であるため,直感的な理解のために,上記の式の意味を大雑把に説明する.式 (4‑5) の出力 y (t) を正弦波と考える.2.4 に述べた通り,正弦波を時間微分しても角周波数は変化しない.何回微分しても角周波数は同じである.また,式 (4‑5) の左辺はこれらの一次結合を表している.1.3 及び 2.5 に述べた通り,角周波数が等しい正弦波を合成すると,これらと角周波数が等しい正弦波となる.これは,正弦波が変位によって表示される場合でも,正弦波の複素数表示の場合でも同様に成立する.
この様な予備知識を持って再度式 (4‑5) を見ると,この式は,入力 x (t) を正弦波とした場合,出力 y (t) がこれと角周波数が等しい正弦波となるシステムを示している事が容易に理解できる.振幅と初期位相は変化するかも知れないが角周波数は変化しない.式 (4‑5) はこの様な単純な関係を一般的な形式で記述しているだけなのである.
残念ながら,以上の説明に誤りは無いのだが,定数係数線形常微分方程式には無数の解があり,上記はその特殊解の一つについて述べているだけで,網羅性を欠いている.解によっては,定数係数線形常微分方程式で記述されたシステムが,線形時不変システムの条件を満たさない場合もある.そこで,以下定数係数線形常微分方程式の解法を復習し,線形時不変システムとの関係をより正確に示す.
4.3. 定数係数線形常微分方程式の解法 (同次方程式)
Note: 定数係数線形常微分方程式の初期値問題における特殊解を求める方法としては,以下の教科書的解法より,5 章に示すラプラス変換による解法の方の手順が定型化しているため習熟が容易である (尚,計算の手間はどちらでも大差ない).このため,以下の解法に習熟する必要は無いが,定常状態の解を求める場合は以下の方が容易である事,またラプラス変換において,以下の一般解を求める過程で使用される特性方程式に関する知識が必要となるため,基本的な考え方を理解しておく必要はある.
説明を簡単にするため,下記の 2 階定数係数線形常微分方程式の一般解の解法を示す.高階の場合も解法は原理的に同じである.
上記の常微分方程式の解法のステップは以下の通りとなる.
- 式 (4‑6) の入力を x (t) = 0 とした同次 (斉次) 方程式を解き,これの一般解を yc (t) とする.
- 非同次方程式である式 (4‑6) の特殊解の一つを求め,これを yp (t) とする.
- 重ね合わせの原理により,式 (4‑6) の一般解を y (t) = yc (t) + yp (t) とする.
先ず,最初のステップとして,式 (4‑6) の入力を x (t) = 0 とした,下記の同次方程式の一般解の解法を示す.
上記の同次方程式の特殊解は yc (t) = e st の形となる事が既知であるため,これを上記に代入する.
よって,s を求めるには下記の方程式を解けば良い.下記は式 (4‑7) の特性方程式と呼ばれる.
特性方程式の解が異なる実数の場合
特性方程式における s の実数解を各々 α, β とすると,同次方程式 (4‑7) の一般解は下記の通りとなる.ここで C1, C2 は任意定数である.
特性方程式の解が実数の重解の場合
特性方程式における s の重解を α とすると,同次方程式 (4‑7) の一般解は下記の通りとなる.ここで C1, C2 は任意定数である.
特性方程式の解が共役複素数の場合
特性方程式における s の共役複素数の解を σ ± jω とすると,オイラーの公式より,同次方程式 (4‑7) の一般解は下記の通りとなる.ここで C1, C2 は任意定数である.
上記に式 (1 14) に示した三角関数の合成定理を適用しても良い.
高階の定数係数線形常微分方程式の場合
高階の場合は重解の扱いが必要となる.例えば s が実数の 4 重解の場合は,一般解は下記の形式となる.
同様に,例えば s が複素数の 2 重解の場合は,一般解は下記の形式となる.
他にも解がある場合は,それらの一次結合が一般解となる.
4.4. 定数係数線形常微分方程式の解法 (非同次方程式)
次のステップとして,非同次方程式である式 (4-6) の特殊解の一つを求める方法を示す.これには定数変化法と未定係数法という異なる方法がある.前者は正攻法であるが極めて煩雑であるため,本資料では未定係数法について述べる.
未定係数法とは,式 (4‑6) の入力 x (t) の形に応じて,非同次方程式の特殊解 yp (t) の形を推定して,式 (4‑6) に代入して yp (t) を求める方法である.
x (t) が多項式の場合
例えば,x (t) が 2 次の多項式 x (t) = t 2 + 2 t + 1 の場合,多項式を微分しても多項式となるから,非同次方程式の特殊解 yp (t) を 2 次の多項式 yp (t) = A t 2 + B t + C と推定し式 (4‑6) に代入して,これらの係数を求める.
x (t) が指数関数の場合
例えば,x (t) が x (t) = e at の場合,指数関数を微分しても指数部が等しい指数関数となるから,非同次方程式の特殊解 yp (t) を指数関数 yp (t) = C e atと推定し式 (4‑6) に代入して,この係数を求める.
x (t) が正弦関数,余弦関数の場合
例えば,x (t) が x (t) = sin (ωt) や x (t) = cos (ωt) の場合,正弦関数や余弦関数を微分しても角度が同じ余弦関数や正弦関数となるから,非同次方程式の特殊解 yp (t) を yp (t) = A sin (ωt) + B cos (ωt) と推定し式 (4‑6) に代入して,これらの係数を求める.
x (t) が上記の一次結合となる場合
例えば,x (t) が x (t) = e at + sin (ωt) の場合,重ね合わせの原理により,非同次方程式の特殊解を yp (t) = yp1 (t) + yp2 (t) とし,上記と同様に yp1 (t) = C e at,yp2 (t) = A sin (ωt) + B cos (ωt) と推定し式 (4‑6) に代入して各々の係数を求める.
尚,上記で推定した非同次方程式の特殊解 yp (t) の係数を除く形式が,同次方程式の一般解 yc (t) の各項の任意定数を除く形式と同一となってしまう場合は,推定した特殊解を t 倍する.
最後のステップとして,非同次方程式の特殊解 yp (t) が求められ場合は,式 (4‑6) の非同次方程式の一般解は y (t) = yc (t) + yp (t) となる.
4.5. 定数係数線形常微分方程式の解法の意味
以上の定数係数線形常微分方程式の解法は,非常に煩雑であり,かつ果たしてこれが本当に数学なのかと疑念を抱きたくなる内容であるため,線形時不変システムの記述という観点から上記の解法の意味を述べる.
同次方程式の一般解 yc (t)
特性方程式の解が実数解,重解,共役複素数何れの場合でも,α < 0, β < 0, σ < 0 であれば,これらの式の形式から明らかな通り,同次方程式の一般解 yc (t) は t → ∞ で 0 に収束する出力を表している.このため,制御工学や電気工学では,同次方程式の一般解を yc (t) を過渡解と言う場合がある.
Note: 式 (4‑11) や (4‑13) に現れる t n e −st, (s > 0) は一見 t → ∞ で不定となる様に思えるが,下記の通りロピタルの定理で分子分母を n 回微分すれば 0 に収束する.
Note: α < 0, β < 0, σ < 0 以外の場合は t → ∞ で出力が発散,若しくは 0 に収束せず実用的では無いため,制御工学や電気工学ではこの様な場合は一般には扱わない.
非同次方程式の特殊解 yp (t)
未定係数法による非同次方程式の特殊解 yp (t) の解法は,線形時不変システムの観点からは,入力 x (t) を与えて,これに対する出力 yp (t) を求める方法と見做せる.ここで,出力 yp (t) は特殊解であり任意定数を含まないため,微分方程式の初期条件に依存しない.従って,非同次方程式の特殊解 yp (t) は入力のみに依存し,定常状態における出力を表すため,制御工学や電気工学ではこれを定常解と言う場合がある.
4.2 に述べた定数係数線形常微分方程式の大雑把な説明は,上記の非同次方程式の特殊解 yp (t) に関するものである.尚,入力 x (t) は正弦波に限らない.直流を入力する場合は,入力 x (t) を定数とすれば良い.定数は多項式の一つである.
Note: 3章に示した定常状態における交流回路は,コイルやコンデンサに加わる電圧や流れる電流の関係を入力や出力と見做せば,定数係数線形常微分方程式で記述されたシステムとなる.3.2や 3.3の複素正弦波交流における式の展開,例えば式 (3‑9) の微分方程式に対して,式 (3‑11) や (3‑14) の様に正弦波の時間関数を代入している箇所,は未定係数法と類似の方法で,非同次方程式の特殊解 yp (t),即ち定常解を求めていると解釈できる.
非同次方程式の一般解 y (t)
前に述べた通り,非同次方程式の一般解 y (t) は,同次方程式の一般解 (過渡解) yc (t) と非同次方程式の特殊解 (定常解) yp (t) の和となる.ここで,非同次方程式の一般解 y (t) を初期条件の下で解いた初期値問題の特殊解は,定数係数線形常微分方程式で記述されたシステムの過渡現象を示す.
Note: 同次方程式の一般解 (過渡解) yc (t) が過渡現象を示す訳では無い事に注意せよ.過渡解という用語は誤解を招きやすい.
Note: システムの過渡現象を求めるために,同次方程式の一般解 (過渡解) yc (t) に対する初期値問題を解いても誤りとなる.それは x (t) = 0,即ちシステムに入力が無い際の出力 y (t) を求めるという,別の問題を解いている事になる.
以上,定数係数線形常微分方程式の解法に対して,線形時不変システムの記述という観点からの意味を明らかにしたが,この様な観点からこの解法を見ると,これが果たして本当に数学なのかという疑念は益々深まるのである.
4.6. 線形時不変システムと定数係数線形常微分方程式の関係
定数係数線形常微分方程式の解法は,これの同次方程式や非同次方程式の特殊解に対して,微分演算の線形性や重ね合わせの原理が成り立つ事を利用して一般解を求めている.しかし,これだけでは定数係数線形常微分方程式で記述されたシステムが4.1に示した線形システムの条件を満たしているとは言えない.何故ならば,実際のシステムの出力 y (t) は初期値問題における特殊解となり,初期条件によっては,入力 x (t) = 0 の際に出力 y (t) = 0 とならない場合,即ち入力が無くても出力が現れる場合があり,この様なシステムでは,重ね合わせの原理は当然成立しないからである.
Note: 線形システムの条件を満たさない具体的な例として,初期状態においてシステムを構成する回路中のコンデンサに電荷が蓄えられており,入力と無関係にコンデンサの放電による出力が現れる場合が挙げられる.
Note: 定数係数線形常微分方程式の係数は定数であり時間に依存しないため,時不変システムの条件は満足される.
このため,定数係数線形常微分方程式で記述されたシステムが,入力 x (t) = 0 において,出力 y (t) = 0 となれば,線形時不変システムの条件を満たす.4.3 に示した同次方程式の一般解 (過渡解) yc (t) を初期条件の下で解いた初期値問題の特殊解は,入力 x (t) = 0 における出力を示す.このため,この同次方程式の特殊解が yc (t) = 0 となれば線形時不変システムの条件を満たす事になる.式 (4‑7) を以下に再度示す.
上記の同次方程式の特殊解が yc (t) = 0 となる場合は以下も成立する.
従って,(4‑16) の同次方程式の初期値問題を下記の初期条件で解いた場合,特殊解は yc (t) = 0 となる.
即ち,t = 0 における初期条件が全て 0 となる定数係数線形常微分方程式によって記述されたシステムは線形時不変システムの条件を満たす.また,初期条件が 0 とならず,同次方程式の特殊解が yc (t) = 0 とならない場合であっても,4.5 に述べた通りこれは実用的な条件下では t → ∞ で 0 に収束するため,この影響が無視できる定常状態において,線形時不変システムの条件を満たすと見做せる.
Note: t = 0 における初期条件が全て 0 の場合,同次方程式の特殊解が yc (t) = 0 となる事は,システムからの出力が非同次方程式の特殊解 (定常解) yp (t) による出力のみとなり,過渡現象が無くなる事を意味している訳では無い.この場合のシステムからの出力は非同次方程式の一般解 y (t) において,初期条件を全て 0 とした初期値問題の特殊解となる (y (t) の一般解におけるyc (t) は一般解であり,特殊解では無い).
3. 正弦波交流とインピーダンス
本章では,先ず3.1 において正弦波交流の定義を述べる.そして,3.2 以降において,誘導リアクタンス,容量リアクタンス,レジスタンス,及び RLC 直列回路,並列回路における合成インピーダンスを,正弦波交流,及び複素正弦波交流の双方において求め,前者は交流電圧と電流の振幅や実効値の関係を表示しているが,後者は瞬時値の関係を表示している事を示す.尚,正弦波交流に関する部分は全て高校物理で学習した (はずの) 内容である.
- 3.1. 正弦波交流の定義
- 3.2. 誘導リアクタンス
- 3.3. 容量リアクタンス
- 3.4. レジスタンス
- 3.5. RLC 直列回路における合成インピーダンス
- 3.6. RLC 並列回路における合成インピーダンス
- 余談: 交流のフェーザ表示
3.1. 正弦波交流の定義
時間 t に観測された電圧の瞬時値 V (t) [V] が以下の式で表される電圧の振動を正弦波交流電圧と言う.
ここで Va [V] は正弦波交流電圧の振幅 (最大値),ω [rad/s] は角周波数,φ [rad] は初期位相,(ωt + φ) [rad] は位相と呼ばれる.
また,正弦波交流電圧の振幅と時間 t における位相の瞬時値を表示した,複素正弦波交流電圧 v (t) [V] を以下の式に示す.
2.2 に述べた通り,この場合の電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下の式で与えられる.
同様に,時間 t に観測された電流の瞬時値 I (t) [A] が以下の式で表される電流の振動を正弦波交流電流と言う.ここで Ia [A] は正弦波交流電流の振幅 (最大値) を示す.
また,正弦波交流電流の振幅と時間 t における位相の瞬時値を表示した,複素正弦波交流電流 i (t) [A] を以下の式に示す.
この場合の電流の瞬時値 I (t) [A] は以下の式で与えられる.
尚,正弦波交流電圧,電流の振幅 (最大値) と実効値 Ve [V], Ie [A] の間には以下の関係がある.
また,正弦波交流の角周波数と周波数 f [Hz],周期 T [s] の間には以下の関係がある.
3.2. 誘導リアクタンス
インダクタンスが L [H] のコイルに加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] と流れる電流の瞬時値 I (t) [A] の間には以下の関係がある.
正弦波交流における誘導リアクタンス
コイルに流れる電流を,振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.ここではコイルに流れる電流と電圧の位相差を求めるため電流の初期位相を 0 としている.この場合,コイルに流れる電流の瞬時値 I (t) [A] は以下となる.
よって,コイルに加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下で与えられる.
従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しく,電圧の位相は電流の位相より π / 2 [rad] 進む.ここで,これらの交流電圧と電流の振幅の比 (実効値の比としても同じ) を,正弦波交流における誘導リアクタンス XL [Ω] とする.コイルに加わる交流電圧の振幅を Va [V] とすると XL [Ω] は以下で与えられる.
Note: 上記の教科書的説明は如何にも苦しい.交流電圧と電流が最大値 (もしくは実効値) となる時間 t は異なるため,これらを時間関数で表示した数式によって説明する事は土台に無理がある.このため,上記の如く捩子くれた様な理論の流れとなるのである.
複素正弦波交流における誘導リアクタンス
コイルに流れる電流を,振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.この場合,コイルに流れる電流の位相の瞬時値と振幅を表示した,電流の複素数表示 i (t) [A] は以下となる.
よって,コイルに加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下で与えられる.
従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しい.ここで,これらの交流電圧と電流の複素数表示の比を,複素正弦波交流における誘導リアクタンス ZL [Ω] とする.ZL [Ω] は以下で与えられる.
2.2 に述べた通り,極形式による正弦波の複素数表示において,絶対値は振幅,偏角は位相を示す.よって,上記の複素正弦波交流における誘導リアクタンスの ωL は交流電圧と電流の振幅の比を,また 2.3に述べた通り,j は交流電圧の位相が電流の位相より π / 2 [rad] 進む事を表示している.即ち,上記の誘導リアクタンスは,コイルに加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] と,コイルを流れる電流の複素数表示 i (t) [A] の瞬時値の関係を表示している.
Note: 高校物理で学習した正弦波交流におけるリアクタンスは,交流電圧と電流の振幅や実効値の比を表示するだけで,位相差に関しては言葉によって補われているのみである.従って,複素正弦波交流におけるリアクタンスの方が交流電圧,電流の関係をより正確に表示しているし,その導出過程も理論的となる.
3.3. 容量リアクタンス
キャパシタンスが C [F] のコンデンサに流れる電流の瞬時値 I (t) [A] と加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] の間には以下の関係がある.
正弦波交流における容量リアクタンス
コンデンサに加わる電圧を,振幅 Va [V],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電圧とする.ここではコンデンサに加わる電圧と電流の位相差を求めるため電圧の初期位相を 0 としている.この場合,コンデンサに加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下となる.
よって,コンデンサに流れる電流の瞬時値 I (t) [A] は以下で与えられる.
従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しく,電流の位相は電圧の位相より π / 2 [rad] 進む.ここで,これらの交流電圧と電流の振幅の比 (実効値の比としても同じ) を,正弦波交流における容量リアクタンス XC [Ω] とする.コンデンサに流れる交流電流の振幅を Ia [A] とすると XC [Ω] は以下で与えられる.
複素正弦波交流における容量リアクタンス
コンデンサに加わる電圧を,振幅 Va [V],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電圧とする.この場合,コンデンサに加わる電圧の位相の瞬時値と振幅を表示した,電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下となる.
よって,コンデンサに流れる電流の複素数表示 i (t) [V] は以下で与えられる.
従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しい.ここで,これらの交流電圧と電流の複素数表示の比を,複素正弦波交流における容量リアクタンス ZC [Ω] とする.ZC [Ω] は以下で与えられる.
3.2 と同様に,上記の複素正弦波交流における容量リアクタンスの 1 / (ωC) は交流電圧と電流の振幅の比を,−j は交流電圧の位相が電流の位相より π / 2 [rad] 遅れる事を表示している.即ち,上記の容量リアクタンスは,コンデンサに加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] と,コンデンサを流れる電流の複素数表示 i (t) [A] の瞬時値の関係を表示している.
3.4. レジスタンス
オームの法則は時間に依存しないから,抵抗値が R [Ω] の抵抗に加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] と流れる電流の瞬時値 I (t) [A] の間には以下の関係がある.
正弦波交流におけるレジスタンス
抵抗に流れる電流を,振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.ここでは抵抗に流れる電流と電圧の位相差を求めるため電流の初期位相を 0 としている.この場合,抵抗に流れる電流の瞬時値 I (t) [A] は以下となる.
よって,抵抗に加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下で与えられる.
従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しく,また電圧の位相は電流の位相と等しく,電圧と電流の瞬時値の間には直流の場合と同じオームの法則の関係が成立する.
複素正弦波交流におけるレジスタンス
抵抗に流れる電流を,振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.この場合,抵抗に流れる電流の位相の瞬時値と振幅を表示した,電流の複素数表示 i (t) [A] は以下となる.
よって,抵抗に加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下で与えられる.
従って,これらの交流電圧と電流の角周波数は等しく,また電圧の位相は電流の位相と等しく,電圧と電流の複素数表示の間にはオームの法則の関係が成立する.
3.5. RLC 直列回路における合成インピーダンス
図3‑1の回路図の通り,抵抗値が R [Ω] の抵抗,インダクタンスが L [H] のコイル,及びキャパシタンスが C [F] のコンデンサを直列に接続した際の合成インピーダンスを求める.
正弦波交流における合成インピーダンス
キルヒホッフの法則により,上記の回路の抵抗,コイル,コンデンサを流れる電流の瞬時値は等しいから,これを振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.ここでは回路に流れる電流と電圧の位相差を求めるため電流の初期位相を 0 としている.この場合,回路に流れる電流の瞬時値 I (t) [A] は以下となる.
抵抗,コイル,コンデンサに加わる交流電圧の瞬時値を各々 VR (t) [V], VL (t) [V], VC (t) [V] とすると,3.2, 3.3, 3.4より,これらは以下で与えられる.
ここで,これらの電圧の角周波数は等しいため,これら交流電圧の回転ベクトルの相対的な位置関係は時間 t に依存しない.従って,時間 t = 0 の静止ベクトル表示における交流電圧ベクトルの位置関係の考察は,他の時間においても同様に適用できる.そこで,交流電圧 VR (t), VL (t), VC (t) の静止ベクトルを各々 VR, VL, VC とすると,1.3よりこれらは以下で与えられる.
従って,回路に加わる交流電圧の瞬時値を V (t) [V] とすると,その静止ベクトル V は以下で与えられる.
よって,V (t) [V] の振幅 Va [V],初期位相 φ [rad] は以下の通りとなる.
従って,回路に加わる交流電圧の位相は電流の位相より φ [rad] 進む.また,回路に加わる交流電圧と電流の振幅の比 (実効値の比としても同じ) を,正弦波交流における合成インピーダンス X [Ω] とすると,X [Ω] は以下で与えられる.
Note: キルヒホッフの法則に関する「試験問題」が,直流の定常状態の回路に対してのみ出題されるため,多くの者がこの法則が定常状態の直流回路でしか成立しないと誤解している.キルヒホッフの法則は時間に依存しないため,直流,交流の瞬時値,定常状態,過渡状態とは無関係に成立する.
複素正弦波交流における複素合成インピーダンス
キルヒホッフの法則により,上記の回路の抵抗,コイル,コンデンサを流れる電流の瞬時値は等しいから,これを振幅 Ia [A],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電流とする.この場合,回路に流れる電流の位相の瞬時値と振幅を表示した,電流の複素数表示 i (t) [A] は以下となる.
抵抗,コイル,コンデンサに加わる交流電圧の複素数表示を各々 vR (t) [V], vL (t) [V], vC (t) [V] とすると,3.2, 3.3, 3.4より,これらは以下で与えられる.
従って,回路に加わる交流電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下で与えられる.
ここで,回路に加わる交流電圧と電流の複素数表示の比を,複素正弦波交流における複素合成インピーダンス Z [Ω] とする.Z [Ω] は以下で与えられる.
2.2 に述べた通り,極形式による正弦波の複素数表示において,絶対値は振幅,偏角は位相を示す.よって,上記の複素正弦波交流における複素合成インピーダンスの絶対値は交流電圧と電流の振幅の比を,また 2.3に述べた通り,偏角は交流電流の位相を基準とした交流電圧の位相の進みを表す.これらを以下に示す.
即ち,上記の合成複素インピーダンスは,回路に加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] と,回路を流れる電流の複素数表示 i (t) [A] の瞬時値の関係を表示している.
Note: 複素合成インピーダンスを,正弦波の複素数表示と混同しない事.インピーダンスは正弦波交流電圧と電流の比であり,正弦波では無い.
3.6. RLC 並列回路における合成インピーダンス
図3‑2 の回路図の通り,抵抗値が R [Ω] の抵抗,インダクタンスが L [H] のコイル,及びキャパシタンスが C [F] のコンデンサを並列に接続した際の合成インピーダンスを求める.
正弦波交流における合成インピーダンス
キルヒホッフの法則により,上記の回路の抵抗,コイル,コンデンサに加わる電圧の瞬時値は等しいから,これを振幅 Va [V],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電圧とする.ここでは回路に加わる電圧と電流の位相差を求めるため電圧の初期位相を 0 としている.この場合,回路に加わる電圧の瞬時値 V (t) [V] は以下となる.
抵抗,コイル,コンデンサに流れる交流電流の瞬時値を各々 IR (t) [A], IL (t) [A], IC (t) [A] とすると,3.2, 3.3, 3.4より,これらは以下で与えられる.
ここで,これらの電流の角周波数は等しいため,これら交流電流の回転ベクトルの相対的な位置関係は時間 t に依存しない.従って,時間 t = 0 の静止ベクトル表示における交流電流ベクトルの位置関係の考察は,他の時間においても同様に適用できる.そこで,交流電流 IR (t), IL (t), IC (t) の静止ベクトルを各々 IR, IL, IC とすると,1.3よりこれらは以下で与えられる.
従って,回路に流れる交流電流の瞬時値を I (t) [A] とすると,その静止ベクトル I は以下で与えられる.
よって,I (t) [A] の振幅 Ia [V],初期位相 φ [rad] は以下の通りとなる.
従って,回路に流れる交流電流の位相は電圧の位相より φ [rad] 進む.また,回路に加わる交流電圧と電流の振幅の比 (実効値の比としても同じ) を,正弦波交流における合成インピーダンス X [Ω] とすると,X [Ω] は以下で与えられる.
複素正弦波交流における複素合成インピーダンス
キルヒホッフの法則により,上記の回路の抵抗,コイル,コンデンサに加わる電圧の瞬時値は等しいから,これを振幅 Va [V],角周波数 ω [rad/s],初期位相 0 [rad] の正弦波交流電圧とする.この場合,回路に加わる電圧の位相の瞬時値と振幅を表示した,電圧の複素数表示 v (t) [V] は以下となる.
抵抗,コイル,コンデンサを流れる交流電流の複素数表示を各々 iR (t) [A], iL (t) [A], iC (t) [A] とすると,3.2, 3.3, 3.4より,これらは以下で与えられる.
従って,回路を流れる交流電流の複素数表示 i (t) [V] は以下で与えられる.
ここで,回路に加わる交流電圧と電流の複素数表示の比を,複素正弦波交流における複素合成インピーダンス Z [Ω] とする.Z [Ω] は以下で与えられる.
2.2 に述べた通り,極形式による正弦波の複素数表示において,絶対値は振幅,偏角は位相を示す.よって,上記の複素正弦波交流における複素合成インピーダンスの絶対値は交流電圧と電流の振幅の比を,また 2.3に述べた通り,偏角は交流電流の位相を基準とした交流電圧の位相の進みを表す.これらを以下に示す.
即ち,上記の合成複素インピーダンスは,回路に加わる電圧の複素数表示 v (t) [V] と,回路を流れる電流の複素数表示 i (t) [A] の瞬時値の関係を表示している.
余談: 交流のフェーザ表示
本資料では,多くの教科書に記載されている,交流のフェーザ表示によるリアクタンスやインピーダンスの記述方法を意図的に無視している.ここまでの議論,特に式 (3‑15), (3‑22), (3‑37), (3‑48) において交流電圧と電流の角周波数は等しく,これらの比を取った際に e jωt が約分され,最終的にはこれが必要無くなる事を十分理解した上で,計算を簡略化する技法として交流のフェーザ表示を利用するのであれば問題ない.
しかし,多くの教科書では,こうした予備知識を説明せず,いきなりフェーザ表示によるリアクタンスやインピーダンスの計算方法を天下り式に提示するため,フェーザ表示では交流の実効値が使用されるのが慣例である事もあり,これが何と何の関係を表示しているのかすら理解出来なくなるのである.電気回路に係る設計では交流の実効値を求めれば良く,瞬時値まで議論する必要は無い場合も多いが,それなら静止ベクトルで計算すれば十分であり,わざわざ複素数表示を使用する必要性は無い.