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5. ラプラス変換と定数係数線形常微分方程式

本章では,ラプラス変換の定義,公式と定理,ラプラス変換による定数係数線形常微分方程式の解法を復習する.これらは教科書に十分な説明が記載されているため,本資料では数式の証明や導出等は省略し,留意すべき点を Note に示す.

5.1. ラプラス変換の定義

t ≥ 0 で定義された関数 f (t) のラプラス変換 F (s) を以下に示す.

(5-1) Fs=0fte-stdt

ここで s複素数s = σ + と表す事が多い.また,f (t) を原関数,F (s) を像関数,F (s) が収束する s の範囲を収束域と言う.原関数 f (t) と像関数 F (s) の関係を以下の様に表示する場合もある.

(5-2) Lft=Fs

同様に,原関数 f (t) は像関数 F (s) のラプラス逆変換とも呼ばれ,以下の様に表示される.

(5-3) L-1Fs=ft

ラプラス逆変換の公式を以下に示す.

(5-4) ft=1j2πa-ja+jFsestds,a>0

Note:原関数 f (t) の定義域は t ≥ 0 となる事に注意せよ.式 (5‑1) から明らかな通り,原関数 f (t) の t < 0 の部分は像関数 F (s) に影響を与えない.このため,原関数 f (t) の t < 0 に意味を持たせてはならない.同様に,逆変換の結果得られる原関数 f (t) の t < 0 の部分には意味は無い.即ち,原関数 f (t) の t < 0 は不定となる.これは線形時不変システムを分析する際には殆ど問題とはならないが,定数係数線形常微分方程式ラプラス変換によって解く場合,4 章に示した方法と比較して若干の制約となる事に留意せよ.

尚,ラプラス変換は,定数係数線形常微分方程式の解法や線形時不変システムの解析に用いられるが,フーリエ解析の様に観測した信号をラプラス変換する事や,任意の原関数をラプラス変換する必要が生じる事は稀である.このため,上記のラプラス変換,逆変換の公式を実際に解く必要は殆ど無く,多くの場合変換,逆変換には以下のラプラス変換の公式や定理が用いられる.

5.2. ラプラス変換の公式と定理

ラプラス変換の主要な公式を以下に示す.

表5-1: ラプラス変換の主要な公式.
項番 原関数 ft , t 0 像関数 Fs 収束域
1 δ t=0,t0,t=0 1  
2 ut=1,t00,t<0 1s Res>0
3 1 1s Res>0
4 t 1s2 Res>0
5 tn-1n-1! 1sn Res>0
6 e-at 1s+a Res+a>0
7 tn-1n-1!e-at 1s+an Res+a>0
8 sinωt ωs2+ω2 Res>0
9 cosωt ss2+ω2 Res>0
10 e-atsinωt ωs+a2+ω2 Res+a>0
11 e-atcosωt s+as+a2+ω2 Res+a>0

項番 1 の原関数は単位インパルス関数やデルタ関数と呼ばれる超関数である.これは,虚数と同様に物理的な事象を記述したものではなく,理論上,想像上の関数であり,下記で定義される.

(5-5) -ftδtdt=f0

ここで,f (t) = 1 とすると,単位インパルス関数の面積は 1 となる事が判る.

(5-6) -δtdt=1

一方,式 (5‑5) を満たすには,単位インパルス関数は t ≠ 0 において δ (t) = 0 となる.従って,t = 0 において形式的に δ (0) = ∞ と見做される.尚,式 (5‑5), (5‑6) は積分範囲を [−,] としているが,以下に示す様に積分範囲に 0 が含まれていれば,これらの式は成り立つとされている.

(5-7) -εεftδtdt=f0

項番 2 の原関数は単位ステップ関数と呼ばれる.原関数の定義域は t ≥ 0 であるから,これを項番 3 の様に表す場合もある.単位インパルス関数は,以下の通り単位ステップ関数の微分であると考えても良い.

(5-8) ddtut=δ t

項番 4 はランプ関数や定速度関数と呼ばれ,サーボ系の定常偏差の評価に良く用いられる.項番 10, 11 は各々項番 8, 9 を s 領域で平行移動したものである.

Note: ラプラス変換の原関数の定義域が t ≥ 0 である事から,これを明示するために原関数を sin (ωt) u (t) の様にステップ関数との積で表示する流儀もある.

最後に,ラプラス変換の主要な定理を以下に示す.

表5-2: ラプラス変換の主要な定理.
線 形 性 Laft+bgt=aLft+bL[gt]=aFs+bGs
微  分 Lddtf t =sF s -f +0
積  分 L0tfτdτ=1sFs
畳み込み L0tft-τgτdτ=FsGs
時間軸上の平行移動 Lft-aut-a=e-asLft=e-asFs,a0
s 領域の平行移動 Le-atft=Fs+a
終値定理 limtft=lims0sFs
初期値定理 limt0ft=limssFs

5.3. ラプラス変換による定数係数線形常微分方程式の解法

ラプラス変換による下記の 2 階定数係数線形常微分方程式初期値問題における特殊解の解法を示す.高階の場合も解法は原理的に同じである.

(5-9) a2y''t+a1y't+a0yt=xt y0=y0,y'0=y1

上記の両辺のラプラス変換を以下に示す.

(5-10) a2s2Ys-sy0-y'0+a1sYs-y0+a0Ys=Xs

ここで,X (s), Y (s) は各々原関数 x (t), y (t) の像関数を表す.上記を Y (s) について解き,初期条件を代入すると以下の通りとなる.

(5-11) Ys=a1y0+a2sy0+a2y1a2s2+a1s+a0+Xsa2s2+a1s+a0

上記は原関数 y (t) のラプラス変換を与えるから,これを下記の様に逆変換する事によって y (t) の初期値問題における特殊解が得られる.

(5-12) yt=L-1a1y0+a2sy0+a2y1a2s2+a1s+a0+L-1Xsa2s2+a1s+a0

逆変換は,式 (5‑11) の各項を部分分数に分解して,ラプラス変換の公式に当てはめる方法が簡易である.この方法は 5.4 に述べる.

Note: 式 (5‑11) の分母 a2 s 2 + a1 s + a0 を 0 とした方程式は,式 (5‑9) を x (t) = 0 とした同次方程式における特性方程式と等しい事に注意せよ.

Note: 式 (5‑12) の右辺第 1 項は初期条件に依存し,入力に依存しないため零入力応答,第 2 項は入力に依存し,初期条件に依存しないため零状態応答と呼ばれる.尚,零状態応答には過渡現象が含まれており,零入力応答や零状態応答は,同次方程式の一般解 (過渡解) yc (t) や非同次方程式の特殊解 (定常解) yp (t) と 1 対 1 の対応関係は無い.

5.4. 逆変換における部分分数への分解方法

式 (5-11) の各項を部分分数に分解する具体的な方法を説明する.部分分数分解は高校数学で学習しているし,直感で解いても差し支えないが,ここでは汎用性の高い留数定理 (ヘビサイドの展開定理) に基づいた方法を示す.説明を簡単にするために,下記に示した,分母の次数が 2 次,分子の次数が 1 次となる像関数の部分分数への分解方法を示す.

(5-13) Ys=b1s+b0a2s2+a1s+a0

ここで,上記の式の分母を 0 とした以下の方程式を,特性方程式と呼ぶものとする.

(5-14) a2s2+a1s+a0=0

Note: 分子と分母の次数が共に 2 次となる場合は,下記の様に定数項を繰り出して,分子の次数を 2 次以下とする.この定数項はインパルス関数に逆変換される.従って,この様な分子と分母の次数が等しい像関数の逆変換は,インパルス応答の様な論理上,想像上の応答を求める場合には考えられるが,現実的な過渡現象を求める場合には通常はあり得ない.

(5-15) Ys=b2s2+b1s+b0a2s2+a1s+a0=b2a2+b1-a1a2b2s+b0-a0a2b2a2s2+a1s+a0

尚,制御理論では,分子の次数が分母の次数より高い場合は扱わないため,その様な場合は考えなくてよい.

Y (s) の極が実数で単極の場合

これは,特性方程式s が異なる実数解となる場合であるから,これらを各々 α, β とすると像関数は以下の様に部分分数に分解できる.

(5-16) Ys=k1s-α+k2s-β

ここで,k1, k2 は以下の様に留数定理 (ヘビサイドの展開定理) から求められる.

(5-17) k1=limsαs-αYs=s-αYss=α k2=limsβs-βYs=s-βYss=β

以上とラプラス変換表より,原関数 y (t) の特殊解は以下の通りとなる.

(5-18) yt=k1eαt+k2eβt

Y (s) の極が実数で重極の場合

これは,特性方程式s が重解となる場合であるから,これを α とすると像関数は以下の様に部分分数に分解できる.

(5-19) Ys=k1s-α2+k2s-α

ここで,k1, k2 は以下の様に留数定理から求められる.

(5-20) k1=limsαs-α2Ys=s-α2Yss=α k2=limsαddss-α2Ys=ddss-α2Yss=α

以上とラプラス変換表より,原関数 y (t) の特殊解は以下の通りとなる.

(5-21) yt=k1t+k2eαt

Y (s) の極が複素数の場合

これは,特性方程式s が共役複素数となる場合であり,上に示した極が実数で単極の場合と同じ方法で解けるが,計算が煩雑となる.この場合は,以下の様に係数比較によってラプラス変換の公式に変換した方が簡単である.ここで,特性方程式における s の共役複素数の解を σ ± jω とする.

(5-22) Ys =b1s+b0a2s2+a1s+a0 =k1s-σs-σ2+ω2+k2ωs-σ2+ω2 =k1s-k1σ+k2ωs2-2σs+σ2+ω2

上記の係数を比較すると下記が得られる.

(5-23) σ=-a12a2 ω=4a2a0-a122a2 k1=b1a2 k2=12a2ω2b0-a1b1a2=14a2a0-a122b0-a1b1a2

以上とラプラス変換表より,原関数 y (t) の特殊解は以下の通りとなる.

(5-24) yt=eσtk1cosωt+k2sinωt

上記に式 (1-14) に示した三角関数の合成定理を適用しても良い.

分母の次数が 3 次以上の場合

像関数の分母の次数が 3次以上の場合の分解方法は 2次の場合と原理的に同じとなる.何故なら,n 次の多項式には複素数を含む n 個の根があるため,像関数の極が実数の場合は分母の次数が 1 次の部分分数,複素数の場合は分母の次数が 2 次の部分分数に分解できるからである.

分母の次数が 3 次以上となる場合は,以下の様に Y (s) の極が複素数と実数となる際の部分分数への分解方法が必要となる.

(5-25) Ys=k1s+k2s2+αs+β+k3s-γ

ここで,右辺 1 項の特性方程式における s の共役複素数の解を σ ± jω とすると,k1, k2 は以下の様に係数比較によって求める事ができる.

(5-26) limsσ+k1s+k2=limsσ+s2+αs+βYs

また,分母の次数が 3 次以上となる場合は重極の扱いも必要となる.例えば n 重極の場合,原関数は以下の様に部分分数に分解できる.

(5-27) Ys=k1s-αn+k2s-αn-1++kns-α

ここで,kr は以下の留数定理から求められる.

(5-28) kr=1r-1!limsαdr-1dsr-1s-αnYs=1r-1!dr-1dsr-1s-αnYss=α

また,複素数の重極の場合は,原関数を以下の様に部分分数に分解しても良い.

(5-29) Ys=k1s+k2s2+αs+βn+k3s+k4s2+αs+βn-1++k2n-1s+k2ns2+αs+β

余談: 何故ラプラス変換で定数係数線形常微分方程式が解けるのか

本資料を作成するにあたって,この問題を考えたが,気の利いた説明を見出せなかった.そもそも,微分方程式が何故解けるのか,との問いを考えても,教科書に載っている微分方程式は解法が判明しているものに限られ,大抵の高階非線形微分方程式は解析的には解けず,数値計算によって数値解を求めるしか無いのである.

4.3,4.4 に述べた定数係数線形常微分方程式の解法は,これの一般解が指数関数的減衰 (或いは発散) と正弦波振動の組み合わせにしかならない事を利用している.ラプラス変換による解法もこれと根本的に異なる方法では無く,類似の点が多く見られ,解法をさらに洗練しパターン化定型化している様に思える.

すると,結局ラプラス変換の定義である式 (5‑1) による積分変換が何を意味しているのか,という事になるが,適切な説明に思い至らなかった.多くの教科書や資料に書かれている通り,ラプラス変換に物理的なイメージを見出す事は難しく,指数関数や対数関数と同様の計算量を削減する数学的手法と見做すことが妥当であろう.

一部の資料においてラプラス変換の定義式を s = としてフーリエ変換と類似の式として考察している場合が見受けられるが,それでは定常解が解ける事の直感的な説明にしかならないであろう.ラプラス変換積分変換における複素指数関数の指数は s = σ + であるため,これは以下の図の様に複素平面上で指数関数的減衰と正弦波振動を同時に表す事を暗喩しており,この様な関数における何らかの直交性を利用した変換を行っているのではないかと想像する.

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51: 複素平面上における exp (σ + ) t  (t ≥ 0, σ < 0)

上記を σ > 0 とし更に時間軸を加えて 3 次元表示にすると EXILE のグルグルとなるのである.

本章の参考文献

明石一, "制御工学 増訂版," 大学講座 機械工学 12, 共立出版, 1979.